自分があげたプレゼントより安い時|傷つく理由は値段じゃない

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三百万の客に、三千円のものを渡した

一年で三百万近く使ってくれた客がいた。その人の誕生日に、俺が渡したのは三千円のものだった。桁が三つ違う。 前日、雑貨屋の前で二十分くらい立ち止まってた。これでいいのか、本気で悩んで。悩んだところで、当時の俺の財布には三千円しか入ってなかったんだけど。

それでも、泣かれた

渡した時、彼女は泣いた。演技じゃなかったと思う。目のふちが赤くなって、しばらく喋れなくなってた。 数年経った今も持ってるらしい、と共通の知人から聞いた。 三百万に対して三千円。それで成立する場合があるということを、俺は仕事として毎年見ていた。 じゃあ、何が成立させていたのか。ここが今日の話の中心。

金額を気にするのは、卑しいことじゃない

数字は、考えた量の代わりに見えてしまう

まず、これを先に置いておきたい。 もらったものが自分の渡したものより安くて、もやっとした。その気持ちを、自分でケチだと責めてる人がいると思う。 責めなくていいよ。値段って、相手がその贈り物にどれだけ手をかけたかを測る、唯一の数字になってるから。他に測るものがないから、金額で測ってしまう。 それは人間として自然な処理であって、金に汚いのとは別の話。

ただ、その数字は代わりに見ているだけ

自然な処理ではあるけど、正確じゃない。 金額は、考えた量とだいたい一致するけど、必ずしも一致しない。ずれる場面がけっこうある。 そのずれ方を知っておくと、いま自分が何に傷ついているのかが分かる。

安くても効くものに、入っていたもの

犬が好きだと、一度言っただけだった

さっきの三千円が何だったかというと、犬のキーホルダーだった。 彼女が飼ってる犬種と同じ犬の。半年前に一度だけ、犬の写真を見せてもらったことがあって、そのことを覚えてた。 高いものは買えなかったから、覚えていることだけで勝負するしかなかった。それが結果として一番効いた。

入っていたのは、見ていた証拠

安いのに刺さる贈り物には、必ずこれが入ってる。この人のことを見ていた、という証拠。 名前を刻むとか、写真をプリントするとか、そういう演出のことじゃない。 本人が何気なく言ったことを覚えていて、それが形になっている状態。渡された側は、覚えられていた事実のほうを受け取ってる。物はその入れ物。

その人にしか渡せないかどうか

判定は簡単で、そのプレゼントを別の誰かに渡して成立するかどうか。 成立するなら、そこには見ていた証拠が入ってない。 入浴剤のセット、無難なハンドクリーム、有名店の焼き菓子。悪いものじゃないよ。ただ、誰に渡しても成立する。

だから、傷ついている本当の場所

安かったことより、証拠がゼロだったこと

ここが、この記事でいちばん言いたいところ。 安いプレゼントで傷つく時、痛いのは金額じゃない。渡されたものの中に、自分が一切入っていなかったこと。 値段が安いことと、考えられていないことは、たまたま同時に起きやすいだけで、同じものじゃないの。 だから、もし相手が三千円のものを渡してきて、それがあなたの好きな作家の文庫だったら、たぶん傷ついてない。金額は同じなのに。

誰にでも渡せるものを、渡された

自分が何時間も選んだ。相手の好みを考えて、サイズを調べて、包装まで選んだ。 返ってきたのは、当日の駅ビルで買ったと分かるもの。 この落差で削られてるのは、財布じゃなくて、こちらの費やした時間のほう。時間を返してもらえなかった感覚。

金額は、その代わりに見ている数字

だから、金額の話をしても解決しない。 値段を上げてもらったところで、次に来るのは高い無難なものだから。同じ痛みが、もう少し高い値札をつけて戻ってくる。 本当に欲しいのは、値段じゃなくて、見られていた証拠のほう。

高いのに冷める、という逆のケース

使わない色のバッグ

「彼氏からブランドのバッグもらったの。嬉しかったんだけど、私が絶対使わない色だった。あ、私のこと見てないんだなって」 店でこれを聞いた時、なるほどなと思った。 金額は文句なし。それでも冷める。金額でカバーしようとした贈り物は、考えなかった証拠として届くことがある。

俺が金額に逃げて、失敗した時

売上が上がってきた時期、俺も同じことをやった。 客の誕生日に、それまでより明らかに高いものを渡した。中身は、その人に合わせたものじゃなかった。値段だけ上げた。 反応が、薄かったの。ありがとう、と言われて、それで終わり。 先輩に言われた。金額で返そうとするな、それをやったらその関係は金額の勝負になるぞ、と。 勝負になったら、こっちは絶対に勝てない。相手のほうが桁違いに使ってるんだから。

店で聞いた本音

千円のキーホルダーを、まだ持ってる

「担当からもらったキーホルダー、たぶん千円くらいなんだけどさ。まだ持ってる。私が犬好きって覚えててくれたから」 これは俺の客じゃなく、別の店の話として聞いたもの。同じことが、あちこちで起きてる。 金額差が百倍でも成立する。成立させるのは、覚えていたという事実だけ。

金額の話をするのが、言い出せない

「金額のこと言うの、ケチだと思われそうで言えないんだよね」 これもよく聞いた。 言えないまま溜まって、別のところで爆発する。誕生日とは関係ない喧嘩の中で、あの時のプレゼントの話が出てくるやつ。 言えないことが問題なんじゃなくて、言い方の選択肢を持っていないことが問題なんだと思う。後ろのほうに、その話を書く。

相場を知らないだけの人がいる

贈り物の習慣がない家で育つと

これ、けっこう見落とされてる。 家庭によって、贈り物の文化はまったく違う。誕生日に何もしない家で育った人は、そもそも相場を知らない。何を渡せば釣り合うのかという感覚自体がない。 悪気があるどころか、渡したこと自体を自分では頑張ったと思ってる場合もある。

悪意と無知は、外から同じ形をしている

軽く扱われたのか、単に知らないのか。受け取る側からは区別がつかない。 だから、いきなり結論を出す前に一回だけ確かめる価値がある。 確かめ方は、責める形じゃなくていい。今年のあれ、どこで買ったの?と聞くだけで、選んだ経緯が返ってくる。経緯を語れる人は、考えてる。当日買った、で終わる人は、考えてない。

どう扱うか

金額の話をせずに済ませる方法

いちばん角が立たないのは、値段の話を一切せずに、選ぶ工程を共有してしまうこと。 次の誕生日、一緒に見に行こう、と言う。行った先で、これがいい、と自分で指す。 相場の話をしなくても、欲しいものが伝わるし、選ぶ時間も一緒に過ごせる。しかも相手は失敗しない。

予算を先に決めてしまう

友達同士や、続けていく関係なら、これが早い。 お互い五千円まで、と決める。上限があると、金額で競う余地がなくなって、何を選ぶかだけが残る。 決めごとにするのは味気ないと思うかもしれないけど、味が出るのはむしろこっち。予算が同じだと、選んだ内容の差がそのまま見える。

それでも続くなら、見るのは他の場面

一度だけなら、忙しかったとか、金がなかったとか、事情は無限にある。 判断するなら、贈り物以外の場面と並べたほうがいい。 体調を崩した時に連絡が来るか。仕事の話を覚えているか。予定を先に押さえてくれるか。 覚えている人は、贈り物以外の場所でも覚えてる。逆に、贈り物だけが雑で他は丁寧なら、それは相場を知らないだけの可能性が高い。 プレゼントは年に一回か二回しかないけど、覚えているかどうかは毎週分かる。材料が多いほうで判断したほうが、間違いが少ないよ。

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