シンデレラ症候群とは|意味と特徴、抜け出す具体的な方法

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三年、と彼女は言った

三年、と彼女は言った。 何が三年なのか聞き返したら、待ってる期間、と返ってきた。 担当が店を辞めて、自分と一緒になってくれる日。それを三年待ってると。 言い方が明るかったのが、逆にきつかった。悲壮感ゼロなのよ。今年こそ、みたいなトーンで話す。

待っているのは、王子じゃない

その後も似た話を何度も聞くうちに、気づいたことがある。 彼女たちが待っているのは、王子様というより、自分の人生を動かす決定を代わりに下してくれる人だった。 連れ出してほしい、というのは、恋の言葉に見えて、実は決定権の譲渡の申し出なんだよ。誰かが決めてくれれば、自分は決めなくていい。 シンデレラ症候群という言葉の中身は、たぶんここにある。

言葉の出どころと、位置づけ

一九八一年の本から広まった

もとになったのはシンデレラ・コンプレックスという言葉で、アメリカの作家コレット・ダウリングが一九八一年に出した本のタイトルから広まった。原題には、女性が隠し持っている自立への恐れ、という副題がついてる。 日本では八〇年代に翻訳が出て、そこから一般に知られるようになった。シンデレラ症候群という呼び方は、日本で崩れた形として定着したもの。 ダウリングの主張は、誰かに面倒を見てもらいたいという無意識の願いが、女性の力の発揮を邪魔しているというもの。四十年以上前の本だから、時代の空気は当然入ってる。

病名ではない、という前提

ここは押さえておきたい。これは医学的な診断名じゃない。 精神科の診断基準に載っている疾患ではなく、popular な心理用語として広まった言葉。だから、あの人はシンデレラ症候群だ、と誰かを分類するのは、そもそも用法として乱暴なの。 本人が生活に支障を感じているなら、ラベルを探すより、専門家に相談したほうが早い。この記事は、そこまで深刻ではないけど何かが引っかかる人向けに書いてる。

男性にも同じ形で起きる

四十年前の本は女性を対象にしてた。ただ、現象そのものに性別は関係ない。 いつか誰かが自分を見つけてくれると思って、動かずにいる男。実力があるのに、声がかかるのを待ち続ける人。夜の世界にも山ほどいた。というか、俺がそうだった。 女性だけの話にすると、対処法まで的外れになる。

待つことを責める言葉として使われがちだけど

この言葉、悪口として使われることが多いんだよね。あの子シンデレラ症候群だよね、みたいな。 安定を求めるのは普通のことだし、環境によっては待つのが合理的な場面もある。個人の心の弱さだけの問題にするのは、少し雑だと思ってる。 それでも自分で書き換えられる範囲はあるから、そこだけ扱う。

特徴として現れるもの

状況が変わるのを待って、決断を先送りにする

今の仕事、今の関係、今の住む場所。変えたいと思ってる。でも動かない。 きっかけがあれば動く、と本人は言う。そのきっかけが外から来るものとして設定されているのが、この状態の分かりやすい印。 転機を作るんじゃなくて、転機が訪れるのを待つ。

選択肢を、人に出させる

何が食べたい?と聞かれて、何でもいい、と答える。旅行の行き先を相手に決めさせる。 一回ずつは些細でしょ。それが年単位で積み重なると、自分が何を好きなのか分からなくなる。 決める筋肉って、使わないと落ちる。落ちた状態で人生の大きな決断が来ると、当然もっと決められない。

頑張っていれば、いつか気づかれると思っている

職場でも恋愛でも同じ形が出る。 黙って努力していれば、誰かが見つけてくれる。手を挙げなくても、正しく評価してくれる人が現れる。 シンデレラの話って、実際そうなってるからね。彼女は自分から城に売り込みに行ったわけじゃない。靴を持った人が家に来る。 現実では、たいてい誰も家に来ない。

準備だけが、増えていく

資格の勉強。ダイエット。貯金。自分磨き。 どれも悪いことじゃない。ただ、いつまでも本番が来ない。準備が終わったら動く、と言い続けて、準備の項目だけが増えていく。 準備は安全なんだよ。失敗しないし、誰にも否定されない。だからずっとそこにいられる。

依存とは、どこが違うのか

頼ること自体は、なんの問題もない

人に頼れるのは能力だからね。一人で全部やるのが偉いなんて話は、この記事のどこにも書いてない。 助けを求める、相談する、支えてもらう。全部健全。

渡しているのが、決定権かどうか

線はここ。 手伝ってもらうのは協力。決めてもらうのは委譲。 引っ越しを手伝ってもらうのは前者。引っ越すかどうかを人に決めてもらうのが後者。 自分の人生についての決定を、他人の判断に預けている状態が続いているなら、それは頼るとは別のことをしてる。

店で聞いた本音

間違っても、自分のせいじゃないから

「決めてほしいんだよね。決めてもらえば、間違ってても自分のせいじゃないから」 これを聞いた時、ああ、と思った。 決定権を渡す動機は、楽をしたいことじゃない。責任から降りたいこと。 決めるって、失敗した時に自分を責める権利ごと引き受けることだから。それを一度でも味わった人ほど、次から人に持ってもらいたくなる。

待ってる間は、何も失わない

「私、待つのだけは上手いの。待ってる間は、何も失わないから」 別の常連の言葉。ここも核心だと思ってる。 動けば失敗する可能性が出る。動かなければ、失敗はゼロのまま。 待つのは受け身に見えて、実は消耗を避けるための、かなり合理的な選択なんだよ。ただ、時間だけは静かに減っていく。それも見えない形で。

夜の店は、待つ人に応える場所だった

夢の外に出すのは、仕事じゃない

先輩に言われたことがある。客に夢を見せろ、ただしその夢の外に出してやるのは仕事じゃない、と。 残酷な言い方だけど、商売としては正確だった。 店は、誰かが自分を変えてくれるという感覚を、時間単位で提供する場所。提供はするけど、実現はしない。実現したら、通う理由が消えるから。 これ、業界の悪口として書いてるんじゃないの。仕組みとしてそうなってるという話。似た構造は、恋愛にも仕事にも普通に転がってる。

三年待った人の、その後

冒頭の彼女は、四年目に来なくなった。 辞めた担当と一緒になったわけじゃない。別の店に移ったわけでもない。ある日ぱたっと来なくなって、しばらくして共通の知人から近況を聞いた。 資格を取って、転職して、そっちが忙しくなったらしい。 待つのをやめたきっかけを、俺は知らない。ただ、彼女を城に連れて行った馬車はなかった、ということだけは分かる。歩いて出て行ったんだよ、自分の足で。 その話を聞いた時、なんか、じわっと来た。担当としては失格だけど、人としては嬉しかった。

抜け出すのは、大きな決断からじゃない

小さい決定の回数を増やす

いきなり転職や別れから始めない。失敗した時の反動が大きすぎて、また待つ側に戻る。 やるのは、今日の昼を自分で決める、くらいのレベル。何でもいい、を封印する。行きたい店を口に出す。観る映画を自分で選ぶ。 決める筋肉は、小さい負荷で戻る。三ヶ月続けると、大きい決断の時に体が動くようになる。地味だけど、これが一番確実だった。

期限だけ、先に決めてしまう

待つのが悪いんじゃなくて、期限のない待ちが問題なの。 あと半年待って動かなかったら、こうする。この一行を先に決めておく。 期限があると、待つ時間が受け身じゃなくなる。同じ待機でも、性質が変わるんだよ。

助けを求めるのは、待つことじゃない

誤解されがちだけど、抜け出すというのは一人で全部やることじゃない。 誰かに相談する、力を借りる、頼る。これは能動的な行為で、待つこととは正反対。 自分から手を伸ばして得た助けと、来るのを待っていた助け。同じ助けでも、受け取った後の自分が違う。

近くに、待っている人がいるなら

決めてあげると、固定される

パートナーや友達がこの状態にいると、つい決めてあげたくなる。優しさとしては自然。 ただ、決めてあげるたびに、決めない側の位置が固まっていく。相手の決める筋肉を、こっちが使ってしまう形になる。 善意で相手を待合室に留めてしまうことは、普通に起きる。

選択肢を減らして、渡す

じゃあどうするか。何でもいい、と言われた時に、全部こっちで決めないこと。 AとB、どっちがいい?くらいまで絞って、最後の一手だけ相手に渡す。 選ぶ経験の回数が増えれば、そのうち自分から選択肢を出してくるようになる。急がなくていい。三年かかる人もいる。

シンデレラの話で、いつも引っかかることがある。彼女は舞踏会に行くと決めた。かぼちゃの馬車は、決めた後に来てるんだよね。 順番が逆になってる人が、たぶん多い。馬車が来てから決めようとして、家で待ってる。 待合室の椅子は座り心地がいい。何も失わないし、誰にも責められない。ただ、あそこには時計しか置いてない。

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