遊び人が思い通りにならない女に惹かれる理由

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売上が一番低い客を、一番よく覚えてる

月に一回、二時間だけ来て、ボトルも入れずに帰る人がいた。 店の数字で言えば、下の下。営業ラインを送っても返事は素っ気ないし、来店をねだっても、行けたらね、で終わる。 なのに、休みの日にふと思い出すのは、いつもその人だった。 何度も高い酒を入れてくれた客の顔は、正直あんまり出てこないもんなんだ。

覚えているのは、好きだったからじゃない

当時の俺は、これを特別な感情だと思ってた。 今なら分かる。あれは好意じゃなくて、終わっていない仕事だったの。 落ちなかったから、頭の中で処理が完了しなかった。完了しないものは、勝手に残り続ける。

惹かれるのは本当、ただし恋とは限らない

自己評価が、反応の数でできている

遊びの多い男を何人も見てきたし、自分もその側にいた。共通してるのは、自分の価値を他人の反応で確認する癖。 可愛いと言えば喜ぶ。連絡すれば返ってくる。誘えば来る。この反応が、自分は価値がある人間だという証明になる。 証明が要るということは、自分では確信できていないということでもある。売れてない時期ほど、この確認作業が増えた。

反応しない相手は、終わらない案件として残る

そこに、反応しない人が現れる。褒めても、へえ、で終わる。誘っても、行けたらね。他の子と話していても平気な顔をしてる。証明が返ってこない。判定が保留のまま宙に浮く。人間って、途中で止まったものを覚えてるようにできてるからね。片付いた仕事は忘れるのに、放置した一件だけは夜中に思い出す。

頭から離れないことを、好きだと訳してしまう

厄介なのは、この状態が本人にも恋に見えること。気になって仕方ない。他の子といても思い出す。これは特別な人だ、と本人は解釈する。実際には、判定が終わっていないだけ。恋の顔をした未処理。だから、この段階の熱を信じてついていくのは危ない。熱そのものは本物なんだけど、中身が違う。

だから、演技でやると失敗する

狙って作った未完了は、完了した瞬間に消える

思い通りにならない女になれ、というアドバイスは、要するに保留を作れという話。 問題は、保留がいつか解けること。駆け引きで距離を取り続けて、相手が追ってきて、こちらが応じた瞬間、案件は完了する。完了したものは、片付いた仕事として処理される。落ちた途端に熱が引いた、というのは、そういう仕組み。冷たくされたから追いかけていた人は、優しくされた瞬間にやめる。

わざと連絡を減らして、本当に来なくなった

「担当落とそうと思ってさ、わざと連絡減らしたの。そしたらほんとに来なくなった」

笑いながら言ってたけど、目は笑ってなかった。 駆け引きが効くのは、相手が追う気を持っている場合だけ。もともと数の多い相手にとって、連絡が減った人は、単に選択肢から外れた人になる。 遊び人は、追いかけるのが上手いんじゃない。切り替えが上手いの。手が空いたら次に行く。

駆け引きは、相手と同じ土俵に立つこと

もうひとつ、根本的な話。 駆け引きを始めた時点で、こちらも反応を測る側に回ってる。既読の速度を数え、他の女の影を探し、相手の熱量を計算する。それって、相手がやっていることと同じ動きなんだよね。同じ土俵に上がったら、経験値の多いほうが勝つ。何百回もそれをやってきた人間に、初めての人が勝てるわけがない。

本当に効いていたのは、別のもの

冷たさではなく、生活が別にあること

落とせなかった客に共通していたのは、冷たさじゃなかった。むしろ話していて楽しい人が多かった。違ったのは、店が人生の中心になっていないこと。彼女たちは、店を娯楽のひとつとして扱ってた。楽しいけど、なくても困らない場所として。

仕事と、犬と、友達がいた

冒頭のあの人は、仕事が好きだった。犬を飼っていて、その話を嬉しそうにした。地元の友達と毎月会っていた。 店は、その生活の隙間に入っていただけ。俺は隙間の担当者だった。だから営業が効かない。今日来てよ、と言っても、今日は犬の病院だから、で終わる。本当に強いのは、駆け引きじゃなくて、断る理由が実在していることなんだよ。

中心に置かれていない、という手応え

そして、これがいちばん惹かれる。 自分がその人の一番になっていない、という感触。それは冷たさとは全然違う手触りで、もっと静かで、揺らがない。 演技で作れないのは、ここ。断る理由がないのに断ると、無理をしている空気が出る。断る理由が本当にある人は、断り方が自然なの。 思い通りにならない女、として世間が呼んでいるものの正体は、たぶんこっち。

店で聞いた本音

この店、そんなに好きじゃないんだよね

「私、この店そんなに好きじゃないんだよね」
そう言い切った客がいた。担当のことは好きだけど、店の雰囲気は苦手だと。 その人、店内では一番大事にされてた。全員が席に行きたがった。 自分の感覚を店に合わせに来ていない人は、扱いが変わる。媚びていないというより、こちらの世界の基準で生きていない。

本命は、追いかけてこない

「本命の子ってさ、追いかけてこないんだよ。だいたい、こっちが追いかけてる」
これは同業の男が言ってた言葉。身も蓋もないけど、当たってると思う。 ただ、これを聞いて追いかけないようにしよう、と決めた時点で、それは追いかけてないんじゃなくて、追いかけないという追いかけ方をしてることになる。伝わるかな、この違い。

惹かれた後に、何が起きるか

惹かれると、選ぶは別の動き

惹かれるのは反射。選ぶのは判断。 遊びの多い男は、惹かれる回数がとにかく多い。一日に何回も惹かれる。だから惹かれたこと自体には、あまり意味がない。問題は、惹かれたあと何ヶ月その人が残るか。三ヶ月後にまだ気になっているなら、そこは反射じゃなくなってる。

本気になるのは、追いかけた結果じゃない

追いかけて、手に入らなくて、それでも会い続けて。そのうち、その人の生活の一部が自分のものになる。 行きつけの店ができる。共通の友達ができる。彼女の飼ってる犬の名前を覚えて、病院の日程を知ってる。 本気になる瞬間って、落とせた瞬間じゃないんだよ。日常に自分の居場所ができていることに気づいた時。 落とすゲームは、落ちたら終わる。生活は、続く。

時間がかかる、という前提

だから、この過程には時間が要る。半年、一年。 短期間で本気になったと言われたら、それはまだ未処理の熱のほう。区別がつきにくいけど、経過した時間だけは嘘をつけない。

本気かどうかは、言葉で判定できない

本気になった、が一番安い言葉

これは業界にいた人間として、はっきり書いておきたい。 本気になった、初めてこんな気持ちになった、こういう台詞は一番簡単に出る。俺も言ってた。仕事として。 言葉は判定材料にならない。感情がこもっていても、ならない。

見るのは、切ったかどうか

判定できるのは、失ったもののほう。 他の相手との関係を実際に切ったか。切ったことで、何かの不便を引き受けたか。 遊び人にとって、選択肢を減らすのは実損なの。実損を出してまで残すなら、それは本気に近い。口では何とでも言えるけど、減らした選択肢は数えられる。

時間の使い方が、変わったか

もうひとつは時間。 深夜だけの関係が、昼に移ったか。空いた日に呼ばれるのではなく、先に日程を押さえられるようになったか。時間の配分は、その人の優先順位そのものだから。ここが動かないなら、他が全部動いてないのと同じ。

待つ側でいるなら

変えられると思わないほうがいい

自分だけが特別で、この人を変えられる。そう思う気持ちは分かる。俺も客からそう思われて、それに乗ってきた側だから。現実として、変わる人は少ない。変わるとしても、それはこちらの働きかけではなく、本人の生活の変化で起きる。そして、待っている間の時間は返ってこない。ここだけは冷たく見ておいたほうがいい。

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