バッグを膝から下ろさない。
初めて店に来た女の子、いわゆる初回の子を見るとき、俺がまず確かめてたのはそこだった。ソファの横に置けばいいのに、膝の上で両手をかぶせたまま。
ああ、この子は硬いな、と思う。
悪い意味じゃない。硬い子ほど、中身はきちんとしてる。ただ、その扉が開くまでに、こっちが何をしても裏目に出る時期がある。現役のころ、それを腹に落とすのが遅くて、何人もの初回を取り逃がした。
ガードが硬い女の特徴は、座ってから三十分で出そろう
バッグは膝の上、腰かけるのはソファの端
体の置き方に、いちばん正直に出る。
浅く腰かけて、背もたれに寄りかからない。バッグは膝の上か、体とひじかけの間に挟む。出口の方向に、体がかすかに開いてる。いつでも帰れる姿勢を、無意識に保ってるわけ。
これ、店の外でも同じでさ。カフェで向かい合っても、上着を脱がない子。コップを両手で包んで離さない子。本人は落ち着いてるつもりでも、体はずっと待機中なんだよ。
質問に質問で返して、自分の話は天気で終わる
仕事なにしてるの?と聞くと、そっちは?と返ってくる。休みの日は?と重ねても、うーん、いろいろ、でおしまい。
情報を渡さない会話術、なんて言うと大げさだけど、本人は反射でやってる。自分のことを話したら、そこを足場に踏み込まれる。そんな経験を、どこかで積んできた人の癖。
LINEになると、返信の間隔がやけに一定。文面は短く、感情の乗った絵文字はまず使わない。
話題がいつの間にか天気と電車の遅延に着地してたら、要注意。たぶん、ガードの内側には一歩も入れてない。
褒められたら、すぐ打ち返すか話を変える
かわいいね、と言ったそばから、いやいや、と手を振る。あるいは、そっちこそモテるでしょ、と打ち返してくる。
ラリーを続けたくないんじゃない。ボールを受け取ったまま持ってるのが、落ち着かないだけ。褒め言葉をもらうと、何か返さなきゃいけない気がする。借りを作るのが怖い、に近い感覚。
受け取らずに打ち返す子ほど、その言葉を帰り道でひとり反芻してたりする。これは、あとで本人たちから聞いた話。
笑うとき、口元に手がいく
声を出して笑っても、手が口を隠してる。目は笑ってるのに、歯を見せない。
些細に見えて、これが見分けやすいサインかもしれない。口元は、無防備さを隠しきれない場所だから。
いつもころころ笑ってた子が、ある日ふいに手を下ろして大口で笑う。店にいて、あれほどうれしかった場面はそう多くない。
ガードが硬いのは冷たいからじゃない、硬くなるまでの事情
一度ぜんぶ見せて、裏切られたことがある
硬い子と長く話してると、どこかでこの話にたどり着く。
保育士をしてた二十代後半の子が、こんなことを言ってた。
「昔、好きな人に自分の弱いとこ全部話したら、次の日、共通の友達がそれ知ってたの」
それ以来、自分のことは小出しにしかしなくなったらしい。一度に出さなければ、漏れても被害が小さくて済むから。
ガードって、生まれつきの性格というより、傷の上にできたかさぶたみたいなもの。無理に剥がされると痛いし、放っておけば、そのうち自然に薄くなる。
寄ってくる男が多すぎて、門番が勝手に育った
違う理由で硬くなる子もいる。
目立つ子ほど、学生のころから次々に声をかけられてきてる。優しくしてくる男の半分以上が、下心込み。そんな毎日を過ごすうちに、心の入り口に門番が住みつく。
門番は優秀なのよ。会ってすぐ親切な男を、真っ先に止める。
最初から優しい人って、なんか裏がありそうで。そう言ってた子は、店でも、甘い言葉をいちばん多く並べたホストほど遠ざけてた。皮肉なもんだわ。
開け方を知らないだけ、という人もいる
これが意外と多い。
「ガード硬いってよく言われるけど、べつに閉めてるつもりないんだよね。開け方がわかんないだけ」
言われて、目が覚める思いだった。硬い子の全員が、何かから身を守ってるわけじゃない。心を開く練習を、たまたましてこなかった人もいる。家族があまり気持ちを口にしない家だったとか、気づいたらしっかり者の役を背負ってたとか。
扉に鍵がかかってるんじゃなく、そもそも取っ手の場所を知らない。そういう子相手にこじ開けようとする男は、まず間違いなく外れを引く。
男から見たガードの硬さは、正反対の二つに読まれる
脈なしと決めつけて、早々に引き返す男
ガードの硬さを、拒絶だと受け取る男がいる。
二回誘って、二回とも曖昧な返事。そこで、あ、ないな、と引く。本人としては、相手を困らせない大人の判断のつもり。
でも実際、硬い子の曖昧な返事は、ノーじゃなく保留のことがけっこうある。彼女たちにとって、二回断るくらいは様子見の範囲。二回で離れていく男を見て、やっぱりね、と門の内側で頷いてる子もいる。店でも、三回目にやっと笑った子が、半年後には誰より長く通ってくれてた。
一回目の返事で相手を判断しない。それだけで、取りこぼしはかなり減る。
落としがいがあると燃える男は、開いたあとが危ない
逆に、硬さに火がつく男もいる。
簡単に落ちない女ほど価値がある、と考えてるタイプ。追いかける過程そのものを楽しんでて、壁が高いほど燃える。
危ないのは、壁がなくなった瞬間。攻略する対象が消えて、急に熱が引く。ガードを下げた側だけが、置き去りにされる。
「ガード下げたら、下げたぶんだけ踏み込んでくるくせに、踏み込み終わったら帰っちゃうじゃん、男って」
そう言って笑った子の目は、まったく笑ってなかった。はぁ…こういう男に何度か当たってれば、次の相手にもっと硬くなるのは当然なんだよね。
初回の子のガードをこじ開けようとして、俺は盛大に外した
褒めるほど、壁が一枚ずつ増えていった
二十二、入店して三か月目のこと。
初回で来た、会社員の女の子。バッグは膝の上、ウーロン茶しか頼まない、質問には質問で返す。見事に、教科書どおりの硬さ。
俺は焦ってた。指名が取れない月が続いてて、この子を落とせなきゃ後がない、くらいの気分。だから、褒めまくった。髪、服、声、爪の色。先輩に教わった甘い台詞を、ひと通り投げた。
(頼む、笑ってくれ…)
投げるたびに、彼女の笑顔が薄くなっていく。最後はスマホで時間を見て、もう行かなきゃ、と立ち上がった。扉がぴしゃっと閉まる音が、耳の奥で鳴る。
正直言うと、見送りのあと、エレベーターの前でイラっとした。こんなに頑張ったのに、って。いま振り返れば、頑張ったのは全部こっちの都合でしかないのに(泣)。
自分のしくじりをこぼした夜、はじめて口元の手が下りた
まさか、その子が二か月後にもう一度来るとは思わなかった。
前回に懲りて、今度は何もしないと決めた。褒めない、口説かない、質問もしない。隣に座って、グラスの水滴を拭いてるだけ。
沈黙に耐えきれなくなって、俺の口からこぼれたのは、その週にやらかした話。同伴の約束を寝坊ですっぽかして、先輩の前で正座させられた、っていうしょうもない一件(笑)。
彼女が吹き出した!手で口を隠すのも忘れて。
あの時、はじめてわかった。硬い子は、隙のない人間の前では絶対に隙を見せない。こっちが先に、みっともないところを置く。それが向こうにとって、最初に乗っていい踏み台になるらしい。
まぁ、狙ってやったんじゃないのが、我ながら情けないとこなんだけどさ。
ガードがほどけるときには、決まった順番がある
最初に荷物が離れて、次に食べ物を頼みだす
何年も初回を見てきて、気づいたことがある。硬い子のガードは、だいたい同じ順番でほどけていく。
最初に変わるのは、荷物の位置。膝の上のバッグが、ソファの横に置かれる。次に、食べ物を頼むようになる。人前で物を食べるのって、思ってる以上に無防備な行為。口を開けるし、食べ方にその人の素が出る。
バッグが膝を離れて、フルーツの盛り合わせに手が伸びたら、門番がちょっと席を外した合図。
口を開けて笑ったあと、愚痴が出てくる
三番目が、口元から手が外れる笑い方。
その次に来るのが、愚痴。上司がうざいとか、昨日の飲み会で最悪なことがあったとか。愚痴って、相手を味方だと思ってないと出てこない。敵の前で弱音は吐かないから。
ここまで来ると、会話の主語が変わってくる。そっちは?じゃなく、私さ、から話し始めるようになる。
本名と家族の話は、最後の最後
しんがりは、名前と家族。
店では、初回で本名を名乗らない子なんて珍しくもない。ある子は三回目の来店のとき、帰り際にドアの前で突然振り返って、そろっと言った。
「ほんとは、ミサキじゃないんだよね」
本名を教えてくれてから、彼女は二度と偽名を使わなかった。家族の話が出たのは、それからまた半年ほどたってから。お父さんと何年も口をきいてない、という話を、グラスを見つめたまま小さな声で。
この段階まで来たら、もう硬い子とは呼べない。慎重なだけの、ひとりの人。
順番は、飛ばせない。いきなり家族の話を振ったりすると、バッグがまた膝の上に帰ってくる。振り出しに戻るどころか、前より一段硬くなって。
硬さを少しゆるめたい人へ、近づきたい人へ
全部下ろさなくていい、重ね着を一枚脱ぐくらいで
ガードが硬いと言われて、自分を作り変えなきゃと焦らなくていい。その硬さには、これまで守ってきた実績がある。
それでも、人ともう一歩近づきたいなら、全部を一気に外す必要はない。冬の重ね着を、一枚脱ぐ程度で十分。
たとえば、褒められたら打ち返さずに、ありがとう、で止めてみる。コーヒーを一杯、素直におごられてみるとか。自分の小さな失敗談を、ひとつだけ話してみる手もある。どれも、なくしても困らないくらいの薄い一枚。
一枚脱いで、相手がそこへ土足で上がり込んできたら、その男はそこまで。脱いだ一枚を丁寧に扱ってくれる相手なら、次の一枚は、自分から脱ぎたくなるよ。

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