「触られたいんじゃないの。触っていいって、私が決めたいの」
おしぼりを四つ折りにしては広げる子で、あの晩も指先が落ち着かなかった。話が彼氏のことに移った途端、この一言がこぼれてきた。
(それ、ど真ん中…)
照明の落ちたフロアで、その声だけが浮いて聞こえた。
夜の仕事をしてた頃、触れることについて、あれ以上に芯を食った言葉は聞いてない。
僕は触るのが得意じゃない。ホストだったくせに、とよく笑われる。実家は誰もハグなんてしない家で、スキンシップは大人になってから覚えた第二言語。だからこそ、文法から考えるクセがついた。
女性が触られたいと感じる心理は、安心と選べる感覚でできてる
この気持ちをほどいていくと、三つの層に分かれる。
言葉が追いつかない夜、手が句読点を打つ
つらかった話をひと通り吐き出したあと。嬉しすぎて、うまく言葉にならないとき。会話が行き止まりまで来ると、人は言葉の代わりを探す。
触れるって、句読点に近い。背中に置かれた手が、ここまで聞いたよ、の丸になる。握られた指は、ここで一回息をしていいよ、の読点。
まぁ、句読点なんて偉そうに言ってるけど、僕は作文が大の苦手だった。読点を打ちすぎて、国語の先生に文章が息切れしてるって書かれた覚えがある(笑)
触れてほしさの奥には、話を最後まで受け取ってほしい、が眠ってる。手は、その受け取りのハンコ。
寂しいから誰でもいい、とは違う
触られたい夜は、寂しさと仲がいい。ただ、寂しいから誰でもいいわけじゃない。知らない人に肩を叩かれたら、ゾワッとするのが普通でしょ。
同じ手のひらでも、誰の手かで意味が真逆になる。触られたい、の前には、いつも、この人になら、が省略されてる。
信頼してる相手に触れられると、気持ちをゆるめる物質が出やすくなるらしい。オキシトシンってやつ。裏を返せば、信頼のない相手の手は、どれだけ丁寧でも体が警報を鳴らす。安心を運んでくるのは、手より関係のほう。
鍵は、内側にしかついてない
おしぼりの子の言葉に戻ると、触れることの主導権は、触れられる側にある。ドアで例えるなら、鍵は内側にしかついてない。外からいくらノブを回しても、開けるかどうかは中の人が決める。
僕がいた店には、触るのは触られてから、が口癖の先輩がいた。袖をつかまれるか、肩にもたれてくるまで、こっちからは手を出さない。相手から触れてきた時も、返すのは、もらった分まで。売れてる人ほど、そこは徹底してた。
触れてほしい、の中には、触れていいと自分で決めたい、が混ざってる。そこを飛ばした手は、どんなに優しくても、外からこじ開けたのと同じ扱いになる。その先まで望む夜があったとしても、話は変わらない。鍵を回すのは、内側の人。
触られたいと感じやすい瞬間
いつ触れてほしくなるのか。店での記憶をたどると、場面にはけっこう傾向があった。悲しい夜だけじゃない。はしゃいだ夜も、人は手の置き場を探す。
弱音を吐いたあとの、数秒の沈黙
泣き言を言い切って、急に静かになる瞬間。あの沈黙には、言いすぎたかなって不安と、受け止めてほしい気持ちが溶け合ってる。
ここで気の利いた言葉を探すより、何も言わずに隣にいるほうが届く。触れていいかどうかは、そのあと向こうの体がどっちに傾くかでわかる。
仕事で削られきって、言葉を組み立てる体力も残ってない夜も同じ。人は会話より、隣に誰かがいる重みをほしがる。話を聞こうか、より、隣に座っていい、のほうが楽な夜もあるんだよねぇ。
別れ際、改札の手前の数歩
デートの帰り、改札が見えてきたあたりで、歩く速さが急に落ちる。あれは、まだ終わらせたくない、の合図に近い。
手をつなぐか、肩がかすめるくらいの距離で並ぶか。別れ際の数秒は、その日いちばん記憶に残りやすい時間でもある。店の見送りだってそう。エレベーターの扉が閉まるまでの数秒で、その夜の印象がほぼ決まってた。
昨日よかった手が、今日もいいとは限らない
同じ子でも、日によって全然違った。昨日は向こうから腕を組んできたのに、今日は肩に触れた瞬間、半歩引く。
疲れ、体調、その日あったこと。肌の機嫌は、毎朝ちがう顔で起きてくる。生理前は、服が肌に当たるのさえしんどい日がある。そう教えてくれた子もいた。
一回オッケーだったからって、ずっと通れる改札じゃない。毎回、今日はどうかなって確かめ直すくらいが、失敗しない距離感。
手、頭、背中、ハグ。場所で変わる触られたいの意味
どこに触れるかで、伝わる意味はかなり変わる。
手は、隣にいていいかの確認
手をつなぎたくなるのは、この人の隣にいていいんだって確かめたいとき。手のひらは、体の中で一番あいさつに近い場所だから。
店の先輩に、握手ひとつで指名を増やしてた人がいる。握る長さが、ほかの誰より一秒長い。それで、自分を特別扱いしてくれてる気がするらしい。
人混みで差し出された手を取るかどうか、彼女は一瞬で決めてる。取ったら、それが答え。取らなかったら、それも答え。
つないだら、歩幅を合わせる。手より先に、足のほうが優しさを伝えたりして。
指を絡めるつなぎ方になると、意味は一段深くなる。握手の延長から、秘密の共有くらいに。
頭ポンポンで、固まった子がいた
店では、あれが鉄板扱い。ホストになりたての頃、僕も見よう見まねで、隣の子の頭に手を置いた。
その瞬間、彼女の肩が固まった。笑顔はそのまま。なのに首から上だけ、時間が止まったかのように動かない。
(やば、完全に外した…)
まさか、鉄板の技で空気が凍るとは!焦って手を引っ込めて、意味もなくおしぼりを渡した。
その夜、帰りのタクシーで何度も自分の右手を眺めた。
あとで聞いたら、子ども扱いされてる気がして、昔から苦手なんだってさ。軽い口調だったけど、あの時の強張りは、今でも手のひらが覚えてる。はぁ…新人の自分の手首をつかんで止めたい(泣)
頭は、刺さる人と凍る人に分かれる場所。守られてる感じがして好き、って子もいれば、下に見られてるようで嫌、って子もいる。同じ動きなのに、受け取る側の辞書が違う。髪となると、話はもっと奥になる。髪に触れていいのは、かなり奥の部屋まで通された人だけ。
背中に置く手は、声を出さない相づち
意外と、誤解が起きにくいのが背中と肩。触れ合うのが自然な関係なら、相手が話してる途中に、背中へ軽く手を置く。うん、うん、って相づちを、声を出さずに打つ感じ。
置いたら、撫で回さない。少ししたら離す。そのくらいの短さで、手はちょうどいい聞き役になる。
これは、僕自身が教わった側でもある。売り上げが最悪だった夜、閉店後の控室で、先輩が黙って背中を二回叩いていった。励ましの言葉は一つもなし。なのに、あの二回で喉の奥が詰まった。触れられて救われる感覚は、男にも普通にある。
ハグは、抱きしめる強さより離すタイミング
ハグの良し悪しは、力の強さじゃ決まらない。ギュッと抱きしめる時間より、どっちが先に腕をほどくか。
先に離されると、ほんの少し、取り残された感じが残る。ほどくタイミングを相手に渡せると、人は安心して体を預けられる。
始め方にも作法がひとつ。いきなり引き寄せるより、両手を少し広げて待つ。ドアを開けて待つのと同じで、入ってくるかは向こうに任せる。
終わり方で覚えたのは、腕の力を少しゆるめて、向こうがほどくのを待つこと。
ホストクラブで聞いた、触れられることへの本音
ホストクラブは、触れる距離が近い場所だと思われがち。実際は、触れ方を一回間違えただけで、指名が消える世界だった。だからこそ、友達にも言えない触れられ方の話を、置いていく子がいた。
何も言わないで、手だけ貸して
「何も言わないで、手だけ貸して」
別れたばかりだという、いつも袖の長いニットを着てた子。席に着くなり、突然テーブルの下で手を出してきた。
握って、一曲分。店のBGMが一周するあいだ、彼女はひと言もしゃべらなかった。曲が終わると手を離して、いつもみたいに笑う。ありがと、もう平気、って。
慰めの言葉なら、いくらでも持ってた。仕事道具だったし。結局、あの夜に効いたのは言葉じゃなかった。言葉で稼いでた身としては、なんか負けた気分。それ以来、落ち込んでる子の前では、しゃべる量を半分に減らした。
下心のない手が、いちばんほしい
「彼が触ってくるのって、そういう流れのときだけなんだよね」
ショートカットの、笑うと目がなくなる子がこぼした一言。テーブルにいた全員が、なんとなく黙った。
彼女たちが欲しがってたのは、その先の約束じゃないことが多い。テレビを見ながら、なんとなく足が当たってる。料理してる横で、肩に一瞬だけ手が触れたり。何の目的もない接触ほど、安心を連れてくる。
男の側に、悪気はたいていない。触れ方の引き出しが、それしかないだけ。昔の僕も、たぶん似たようなものだった。
触れる理由が毎回ひとつしかないと、手が近づくたびに身構える癖がつく。そうなると、触られたい気持ちは遠のく一方。
触ってほしいって言うの、恥ずかしいじゃん
「触ってほしいって言うの、恥ずかしいじゃん。軽い女だと思われそうで」
ネイルがいつも水色だった子の本音。
触れられたいと願うのは、軽さじゃない。信頼が深くなった証拠のほう。それでも口にできない分、彼女たちは体で小さく話してた。服の端を軽く引く。肩に頭を乗せる。話しながら、膝の向きをこっちに向ける。
それを拾えるかどうかで、触れる側の評価はほとんど決まってた。
おまけみたいに、あの子はこうも付け足した。本当は、触られるのを待つより、自分から抱きつきに行きたい日もあるんだって。触られたい、の隣には、触りたい、も同居してる。
触れたい側と、触れられたい側へ
触れる手と、待ってる手。どっちにも、やれることがある。
サインは許可証じゃない。聞いたっていい
距離が縮まる。目が合う時間が長い。向こうから触れてくる。触られたいサインと呼ばれるものは、たしかにある。
逆に、体が固まる、笑ってごまかす、半歩ぶん距離を戻す。これは全部、今じゃない、の合図。
ただ、いいほうのサインも許可証じゃない。受け取れるのは、たぶん大丈夫、まで。その先は、手をつないでもいいか、ひとこと聞けばいい。手、冷えてない?って差し出すのも、断る余地を残した聞き方のひとつ。
手を握られるだけで身構えてた前の彼と、自分から寄りかかれる今の彼。その差を聞いたとき、ある子はこう答えた。
「今の人は、触る前に一回こっちを見るの」
その一回の視線が、ノックの代わり。
正直言って、昔は聞くのはダサいと思ってた。元ホストとして今なら断言できる。聞ける男は、むしろ信用される!断られたら、教えてくれて助かる、で笑って引く。それで嫌われることは、まずない。
怒ってるときと、酔いが回ってるときだけは、触れたい衝動をいったん飲み込む。この二つは、手の優しさに関係なく裏目に出やすい。
触れてほしい側は、袖をつまむところから
触れてほしい本音を口にするのが照れくさいなら、先に自分から小さく触れればいい。袖をつまむ。歩きながら、小指だけ当ててみる。
僕を含めて、察するのが苦手な男は多い。察してほしいを十回重ねるより、袖を一回引くほうが、よっぽど早く届く。
言葉にしたい夜は、くっついていい、って聞き方なら言いやすいじゃんね。ちょっとだけ手貸して、でもいい。あのニットの子の口ぐせを借りるなら。
触れることは、方言のある言葉
触れ方には、方言がある。ハグがあいさつ代わりの家もあれば、手をつなぐのにも勇気がいる家もある。僕は、完全に勇気がいるほうの育ち。
だから恋人同士の触れ合いは、二人だけの方言を作る作業に近い。どこまでなら心地いいか、どんな触れ方が好きか。答えは辞書じゃなくて、相手の中にある。
方言は、ずれてて当たり前。片方がハグ好きで、片方が苦手でもかまわない。手をつなぐだけの日を作るとか、真ん中の言葉を探せばいい。
昔付き合ってた人とは、寝る前に足の裏を合わせるのが、おやすみの代わりだった。意味なんてない。なのに、あれがない夜はうまく眠れなかった。
方言づくりのコツは、嫌だったことより、よかったことを先に口にすること。さっきの背中のやつ、好き。そのひとことで、二人の辞書に一語増える。
あの晩、おしぼりを畳んでた子は、帰り際に僕の袖を少しだけつまんでいった。決めたのは、もちろん彼女。
今の僕は、たまに自分からハグをする。第二言語にしては、発音もだいぶマシになったほう。

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