LINEの通知が鳴った瞬間、その子の手から、スマホがすべり落ちた。
落ちた先は、アイスペールの中。
「わっ、わっ、わっ」
氷の中からスマホを救出して、おしぼりで必死に拭きながら、彼女は画面を見た。職場で気になってる人からの、明日のシフトの連絡だったらしい。
(シフトの連絡で、スマホを氷漬けにする人、初めて見た)
拭き終わった彼女は、真っ赤な顔で言った。
「…今の、見なかったことにして」
好きな人からの事務連絡一通で、人はここまで挙動不審になれる。店で何年もいろんな挙動不審を見てきたけど、あれは今でもベスト3に入る。
女性の挙動不審は、たいてい緊張が体からあふれた状態。好意のことが多い。ただし、全部が好意とは限らない。見分けるポイントは、近づいてから慌ててるのか、離れようとして慌ててるのか。
女性が挙動不審になるのはなぜ?緊張が体からあふれてる
挙動不審の正体は、ほとんどが緊張。心が処理しきれなかったぶんが、手や声や足に漏れ出してる。
よく見られたいと、バレたくないがぶつかってる
好きな人の前では、二つの気持ちが同時に走る。よく見られたい。でも、好きなのはバレたくない。
アクセルとブレーキを、同時に思いきり踏んでる状態。車ならエンストする。人間だと、挙動不審になる。
声を出そうとして、出しすぎる。目を見ようとして、そらしすぎる。どっちつかずの動きが、周りからは不審に見える。
店でも、本命のホストの前でだけ挙動不審になる子は多かった。ヘルプの僕とは普通にしゃべるのに、担当が戻ってきた瞬間、急に敬語になる。
頭が真っ白になると、体だけ先に動く
緊張がピークを超えると、頭が真っ白になる。考えるのをやめた頭の代わりに、体が勝手に動き出す。
なぜかカバンの中を探し始める。用もないのにスマホを開く。さっき拭いたテーブルを、もう一回拭く。
体の反応も止められない。顔が赤くなる。手のひらに汗をかく。心臓の音が、自分の耳にうるさい。
本人も、自分が何をしてるのか、よくわかってない。あとから思い出して、布団の中で叫ぶやつ。
隠しきれなかった好意が、その場で漏れてる
好意の出し方には、二種類ある。隠しておいて、あとからこっそり届けるタイプ。隠しきれずに、その場で漏れるタイプ。
挙動不審は、後者。本人は隠してるつもりなのに、体のほうが素直にしゃべってしまう。
だから挙動不審は、ある意味いちばんわかりやすい好意のサインでもある。本人にとっては、いちばん見られたくない形だけど。
好きな人の前で出やすい、挙動不審な行動
店で見てきた挙動不審と、店の外で聞いた話から。好きな人の前で出やすいのは、だいたいこのあたり。
声が裏返る、急に早口になる
話しかけられた瞬間、声が半音裏返る。おはようございます、が、おはようごじゃいます、になる。
逆に、急に早口になる子もいる。沈黙が怖くて、聞かれてないことまで一気にしゃべって、最後に自分で、何言ってるんだろ、とつぶやく。
声は、緊張がいちばん最初に出る場所。のどは、嘘がつけない!
LINEでも同じことが起きる。好きな人への返信だけ、やたら句読点が増えたり、送信取消をくり返したり。画面越しの挙動不審。
物を落とす、飲み物をこぼす
ペンを落とす。スマホを落とす。グラスを倒しかける。好きな人の前だけ、指先の握力が急に弱くなる。
店でも、お目当てのホストが隣に座った瞬間に、おしぼりを床に落とした子がいた。拾おうとして、テーブルの角に頭をぶつけた(笑)
名刺を受け取ろうとして、逆さまのまま両手で深々とお辞儀した子もいた。
手元が狂うのは、意識がぜんぶ相手のほうに持っていかれてるから。指先まで、気が回ってない。
髪や服を、やたら触る
前髪を何度も直す。耳に髪をかける。服の裾を引っぱる。好きな人がそばにいると、手がとにかく忙しい。
身だしなみを整えたい気持ちと、手の置き場がない落ち着かなさ。その二つが混ざった動き。
ずっと前髪を触ってる子がいたら、その前髪は、だいたい誰かのために整えられてる。
反対に、急に姿勢がよくなる子もいる。好きな人が部屋に入ってきた瞬間、背筋がぴんと伸びる。本人は気づいてないけど、周りから見ると、ほぼ面接。
目が合うと、変な返事をしてしまう
目が合った瞬間、なぜか笑ってしまう。質問とずれた答えを返す。お疲れさまです、と言われて、いってらっしゃい、と返す。
本人は、言った瞬間に気づいてる。気づいて、顔が真っ赤になる。そこまでがワンセット。まぁ、本人にとっては、それどころじゃないんだけど。
変な返事は、頭が相手でいっぱいだった証拠。何を聞かれたかより、誰に聞かれたかで、頭がいっぱいだった。
挙動不審の理由は、好意だけじゃない
ここからが大事な話。女性が挙動不審になる理由は、好意だけとは限らない。ここを読み違えると、相手を怖がらせることにもなる。
苦手な人や、怖い人の前でも人は固まる
緊張するのは、好きな人の前だけじゃない。苦手な人、怖い人、威圧感のある人の前でも、人は同じように固まる。
声が上ずる。目をそらす。手が震える。表に出る動きだけ見れば、好意の挙動不審とほとんど変わらない。
とくに、立場が上の男性の前で女性が挙動不審になってるなら、まず好意より、緊張や警戒を疑ったほうがいい。
男の上司の前でだけしどろもどろになる部下を見て、あいつ俺に気があるんじゃないか、と話す男を何人も見てきた。たいてい、勘違い。
隠しごとがあるときの挙動不審
何かを隠してるときも、人はそわそわする。サプライズの準備中。仕事のミスを言い出せずにいる。言いにくい相談を抱えてる。
誕生日の前の週、彼女の様子がやたらおかしかった。そう思ったら、ケーキの予約がバレないか気が気じゃなかった、なんてオチも多い(笑)
急に挙動不審になったときは、相手との関係より、その人の今の状況に理由があることもある。
もともと緊張しやすい人もいる
誰に対しても、いつも少しそわそわしてる人もいる。人見知りで、初対面だと誰の前でも声が裏返る。
そういう人の挙動不審は、好意とも警戒とも関係ない。その人の、いつもの姿。
見るべきは、自分の前だけ様子が違うのかどうか。ほかの人の前でも同じなら、それは性格。
相手がそのタイプなら、焦らせない会話がいちばん。ゆっくり話して、沈黙を急いで埋めない。そのうち、本人のペースが戻ってくる。
好意の挙動不審と、警戒の挙動不審の見分け方
動きだけ見ると、好意も警戒もよく似てる。違いが出るのは、慌てたあとに、その人がどっちへ向かうか。
近づいてから慌てるか、離れようとして慌てるか
好意の挙動不審は、自分から近づいてきて、近くまで来てから慌てる。話しかけに来て、噛む。隣に座って、グラスを倒しかける。
警戒の挙動不審は、離れようとして慌てる。話を早く切り上げようとして、言葉がもつれる。出口を探して、目が泳ぐ。
同じ慌て方でも、向かってる方向が逆。そこさえ見れば、だいたいわかる!
好き避けの子だけは例外で、好意があっても一度離れようとする。ただ、離れたあとに、また近くへ戻ってくる。戻ってくるかどうかまで見れば、見誤りにくい。
顔より、つま先の向きを見る
顔の向きは、意識すればごまかせる。でも、体の向き、とくにつま先の向きは、なかなかごまかせない。
好意があると、顔はそらしても、体はこっちを向いてる。つま先が、こっちを向いたまま。
警戒してると、顔はこっちに向けてても、体は斜め。つま先が、ドアのほうを向いてる。店で、そろそろ帰りたいお客さんを見分けるときも、まず足元を見てた。
二人きりになったとき、ほっとするか、こわばるか
もうひとつは、二人きりになった瞬間の空気。
好意の挙動不審は、二人になると、ますます慌てる。でも、どこか嬉しそう。会話が途切れても、立ち去らない。
警戒の挙動不審は、二人になると、こわばる。ほかの人が戻ってきた瞬間、肩の力が抜けて、ほっとした顔になる。
そのほっとした顔を見たら、それが答え。そこで距離を詰めるのは、やめておきたい。
迷ったら、相手に逃げ道を残す誘い方をすればいい。今度みんなでごはん行こう、くらいの軽さで。好意があれば乗ってくるし、警戒なら、それとなくかわせる。
ホストクラブで聞いた、挙動不審な子たちの本音
店には、好きな人の前でうまく振る舞えない、と悩む子がよく来た。ホスト相手なら、緊張せずに練習できるから、と。
好きな人の前だと、手と足が同時に出るの
「好きな人の前だと、手と足が同時に出るの。ロボットみたいに」
通ってるジムで見かける人に、片思いしてた子の告白。すれ違うたびに、自分でも歩き方がおかしいのがわかるらしい。
(それ、運動会の行進でしか見たことない…)
試しに店の通路を歩いてもらったら、普通に歩けてた。好きな人がいなければ、ちゃんと歩ける。緊張って、そういうもの。
その子は、好きな人がジムにいる日だけ、ランニングマシンの速度が一段上がるとも言ってた。見られてると思うと、なぜか走りが速くなるらしい。かわいい見栄。
挙動不審になるくらいなら、話しかけないほうがまし
「挙動不審になるくらいなら、話しかけないほうがましって思っちゃう」
変な人だと思われるのが怖くて、好きな人をわざと避けてた子。いわゆる、好き避け。
でも、避けられた側は、嫌われてると思う。挙動不審は、まだ好意の跡が見えるぶん、まし。避けるほうが、気持ちはずっと伝わらない。
その子は結局、挙動不審のまま、一回だけ挨拶をがんばってみたらしい。声は裏返ったけど、相手は笑って返してくれたって。
好きなんでしょって言われるけど、ただ怖いだけ
「上司の前だと、挙動不審になるの。周りには、好きなんでしょって言われるけど、ただ怖いだけ」
笑いながら言ってたけど、目は笑ってなかった。
(それは、好意と真逆のやつ…)
挙動不審を、全部好意として受け取る男がいる。でも、この子の挙動不審は、逃げたいのに逃げられない体の悲鳴。周りの冷やかしが、余計に彼女を追い詰めてた。
その子は上司の話をするとき、毎回グラスを両手で握ってた。指の関節が白くなるくらい。好意で、ああはならない。
好きな人に、いらっしゃいませと言った僕の話
店を辞めても、体だけは出勤してた
店を辞めて一年くらいたった頃。気になってた人と、朝の駅でばったり会った。
おはよう、と言うつもりだった。口から出たのは、これ。
「いらっしゃいませ」
しかも、きれいに四十五度のお辞儀つき。何年も毎晩くり返した動きは、体の奥まで染みついてた。
まさか、店を辞めて一年たっても、体だけはまだ出勤してたとは。顔から火が出るどころか、全身から湯気が出た(泣)
挙動不審のおかげで、笑ってもらえた
彼女は一瞬きょとんとして、それから、お腹を抱えて笑い出した。
「なにそれ、どこのお店?」
そこから、改札の前で十五分も立ち話をした。あれがなかったら、たぶん、おはようで終わってた。
あとで聞いたら、彼女も緊張してたらしい。僕のいらっしゃいませで、それが全部吹き飛んだって。
今思い出しても恥ずかしい。でも、挙動不審は、取りつくろった会話より、ずっと早く距離を縮めることがある。
挙動不審な相手への接し方と、挙動不審な本人へ
最後に、目の前の挙動不審に気づいた人と、挙動不審をやめたい本人へ。
気づいても、指摘しないで笑って流す
相手の挙動不審に気づいても、指摘しないのがいちばん。なんか緊張してる?とか、顔赤いよ、とか。言われた瞬間、相手は穴があったら入りたくなる。
噛んだら、聞き流す。物を落としたら、さっと拾って、何事もなかったように話を続ける。変な返事が来たら、笑って乗っかる。
男の側の本音を言えば、好意の挙動不審は、たいていかわいく見えてる。見られたくないと思ってるのは、本人だけ。
挙動不審を笑いに変えてくれる人の前で、人は少しずつ落ち着いていく。ただし、警戒の挙動不審なら、まず距離をあけてあげるのが、いちばんの優しさ。
挙動不審な本人は、緊張を消そうとしなくていい
好きな人の前で、どうしても挙動不審になる。その悩みは、よくわかる。
まず、緊張する自分を変だと思わなくていい。好きな人の前で平気な顔ができる人のほうが、むしろ少ない。
ただ、緊張を消そうとするほど、緊張は大きくなる。消すより、先にバラしてしまうほうが楽。今日ちょっと緊張してて、変だったらごめんね。この一言で、肩の力がかなり抜ける。
深呼吸も、地味に効く。話しかける前に、一回だけ長く息を吐く。マジで、それだけで声の裏返りはだいぶ減る。
挙動不審は、真剣さのいちばん正直な形
挙動不審になるのは、どうでもいい相手の前じゃない。ちゃんとしたい相手の前だから、うまくできなくなる。
だから挙動不審は、真剣さのいちばん正直な形。かっこ悪いかもしれないけど、嘘はついてない。

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