「そのネクタイ、どこで拾ってきたの?」
指名の卓に座って3秒。サエさんの第一声は、だいたいこれだった。
翌週は前髪。その次はLINEの絵文字。おじさんっぽいハートを使うな、と真顔で言われたっけ。
(この人、毎週お金を払って、僕の悪口を言いに来てるのかな…)
本気でそう思ってた。新人に毛が生えたくらいの頃の話。
ある夜、酔ったサエさんがバッグを床に落とした。散らばった中に、見覚えのある紙が一枚。誕生日に僕が書いた、メッセージカードだった。折り目が擦り切れて、角が丸くなってる。
彼女はそれをひったくって、早口で言った。
「字が汚すぎて逆に面白いから、取ってあるだけ」
耳まで真っ赤なんだよね、これが!
(いや、それはもう、意地悪の形をしてないって)
胸の奥がじわっと熱くなったのを、今でも覚えてる。
好きな人に意地悪する女の心理
優しくしたら、好きがバレる
好きな人に優しくするのって、実はけっこう勇気がいる。優しさは、そのまま好意の証拠になるから。
ひとりにだけ親切にすれば、周りにも本人にも、すぐ気づかれる。気づかれたら、もう後戻りはできない。
そこで意地悪の出番。からかってる間だけは、好きじゃないふりができる。
プレゼントを、わざと新聞紙でくるむ感じかな。中身は何日も迷って選んだのに、包み方だけ雑にする。たいした物じゃないよ、って顔で。
開けるまで、受け取った側には中身が見えない。新聞紙の手触りだけで、肩を落として帰る男も多いんだけど。
怒らないか、氷を叩いて確かめてる
意地悪には、テストの顔もある。
凍った池に一歩目を乗せる前、つま先で軽く叩いて氷の厚さを確かめる。あれに近い。
少しきつめに言っても、この人は笑ってくれるか。不機嫌になって黙り込まないか。本気で寄りかかる前に、どこまで体重をかけても割れないか見てるわけ。
おしぼりを細く畳みながら、ある常連さんが言ってた。
「意地悪しても怒らない人なら、わがまま言っても平気そうじゃん」
叩かれる側は、たまったもんじゃない。でも叩いてる彼女のほうも、氷の上で足がすくんでたりする。
その他大勢に入るくらいなら、嫌われたほうがマシ
みんなに配る笑顔と同じものを、あなたにも渡す。この手の女性には、それがいちばん耐えられない。
優しさは誰にでも配れる。意地悪は、ちょっと違う。相手をよく見てないと言えないし、近い関係じゃないと許されない。
だから意地悪は、あなたとだけ特別な距離にいる印にもなる。好かれる自信がないなら、せめて記憶に引っかかっていたい。そんな気持ちが混ざってることもあるんだよなぁ。
甘え方の引き出しに、意地悪しか入ってない
小学生の頃、好きな子のランドセルを引っぱって逃げる男子が、クラスに一人はいた。あの回路を大人になっても持ち歩いてる女性、意外といるんだわ。
素直に甘えた経験が少ないと、好きの出し方がわからない。可愛く頼る。照れずに褒める。その引き出しが空っぽで、手を突っ込むと意地悪しか出てこない。
本人も、それが下手なやり方だと知ってる。知ってても、ほかに道具がないってだけ。
ホストクラブで聞いた、意地悪な彼女たちの本音
それ言っていいの、私だけだから
ある週末、僕の代打で卓に入った後輩が、サエさんの前で僕の前髪をネタにした。彼女のお気に入りの標的だった、あの前髪。
場をあっためるつもりだったはず。サエさんは笑わなかった。グラスを置いて、低い声で一言。
「それ、言っていいの私だけだから」
後輩、固まってた(笑)
まさか、あそこで本気の声が出るとは。
意地悪してる本人にとって、あれは2人だけの遊び。ほかの誰かが同じ球を投げてくると、急にただの悪口に聞こえる。
自分はいじるのに、他人がいじると不機嫌になる。この矛盾は、かなり濃い脈ありサインのひとつ。
素直に言える子が、羨ましかった
保険の営業をしてる常連さんが、閉店前に小さな声でこぼしたことがある。
「好きな人の前だと、可愛いこと言えない口になるの」
その日も彼女は、気になってる会社の先輩をからかってきたばかりだった。ビニール傘を3本も会社に置いてるのを、ケチくさいって。
言った瞬間に後悔して、トイレの個室で頭を抱えたらしい。ほんとは、物持ちいいですねって言いたかったんだって。
(翻訳、逆になりすぎじゃない?)
心の中でツッコんだのは内緒。彼女はグラスの氷を見つめたまま、素直に言える子が羨ましい、とだけ足した。
帰り道で、毎回ひとり反省会
意地悪する女性たちは、言いっぱなしで平気なわけじゃない。
アパレルで働いてた常連さんは、それをこう呼んでた。
「帰りのタクシーで、毎回ひとり反省会してるの」
今日は3回いじった。1回は言いすぎたかも。あの時の顔、ちょっと傷ついてたかな。後部座席で、そうやって一個ずつ指を折って数えるそう。
外から見ると、強気で口の悪い女。中身は、相手の顔色を一晩中引きずる心配性な人。そういう落差を、店で何十人も見てきた。
脈ありの意地悪と、ただの嫌いを見分ける
意地悪の中身が、細かすぎないか
脈ありの意地悪は、だいたい細かい。
髪切った?似合わないね。昨日と同じシャツじゃん。また同じ店のコーヒー飲んでる。
どれも、ちゃんと見てないと出てこない台詞。けなしてるようで、中身は観察の報告書になってる。
嫌いな相手への言葉は、もっと雑。そもそも興味がないから、あなたの靴下の柄なんて覚えてない。
狙ってくる場所も見ておきたい。ネクタイ、寝癖、方向音痴。笑い話にできる所ばかりなら、それは遊び。家族や収入、本人が気にしてる見た目。そこを何度も突いてくるなら、話は変わってくる。
言ったあと、こっちの顔を見るか
言い終わった直後の、ほんの一瞬。好きで意地悪してる子は、そこでこっちの顔色をうかがう。
笑ってくれたか、怒ってないか、言いすぎてないか。
横目で確かめて、大丈夫そうなら何事もなかったように次へ進む。嫌いでけなしてる人は、言ったら最後、振り返らない。こっちの反応なんて、最初から眼中にないから。
刺さりすぎた時、慌てるか
これが一番わかりやすい。
意地悪がたまたまグサッと刺さって、本気でしょげた顔をしてしまった時。脈ありの子は、目に見えて慌てる。
急に話題を変えたり、いきなり褒めはじめたり。帰り際に、なぜかコンビニのお菓子をくれたりする。
サエさんもそうだった。僕がいつもより落ち込んで見えた日だけ、会計のあとに小声で付け足す。まぁ今日のネクタイはマシだったけど、って。
どうでもいい相手が傷ついても、人はそこまで慌てない。慌てるのは、失いたくない相手の時だけ。
意地悪の反対は、優しさじゃなく丁寧さ
閉店後によく寄ってたスナックがある。そこのママに、サエさんの話をしたことがあった。
ママは煙草の煙を天井に吐いて、笑った。
「意地悪されてるうちが花よ。女が本当に冷めたら、優しくなるんだから」
意味がわかったのは、ずっとあと。
気持ちが完全に離れた女性は、意地悪をやめる。かわりに、丁寧になる。ありがとうございます、お疲れさまです、また機会があれば。角のない言葉ばかりが、きれいに並びはじめる。
いじられなくなった日。そっちのほうが、よっぽど怖い脈なしの合図。
意地悪してくる彼女への返し方を、僕は店で覚えた
真に受けて、ロッカーの前で凹んでた頃
偉そうに書いてるけど、最初の半年はサエさんの意地悪を全部まともに受け取ってた。
ネクタイをけなされた夜は、帰りの電車で似合うネクタイの選び方を検索。前髪をいじられた週は、美容院の予約を早めた。それでも次の週には、別の所をけなされる(泣)
ある晩、ロッカーの前で同期に愚痴った。俺、たぶん嫌われてるわ。ダメ出しされるためだけに指名されてる、って。
同期はスマホから目も上げずに言った。
「嫌いな男に、毎週3万も払うやついる?」
(……言われてみれば、たしかに)
数字で殴られると、人は黙るしかない。
意地悪を訳す辞書を、頭の中に作った
それからは、彼女の意地悪を頭の中で訳すようにした。
そのネクタイどこで拾ってきたの、を訳すと、先週と違うのに気づいてるよ。前髪が迷子だね、は、今日もちゃんと顔を見てる。おじさんっぽい絵文字やめて、なんて、LINEを隅々まで読んでる証拠でしかない。
訳してみたら、ほぼ全部が好意の方言だった。標準語に直せるようになるまで、けっこうかかったけど。
方言って、なんか慣れるまでは怒ってるように聞こえる。わかってくると、妙にあったかいんだよ!
打ち返すのは、7割の力で
受け止め方のコツも、サエさんの卓で覚えた。
意地悪を言われたら、軽く打ち返す。ただし全力じゃなく、7割くらいで。
最初の頃は、やられっぱなしが悔しくて倍返ししてた。サエさんは一応ウケてたけど、その夜は普段より1時間早く帰っていった。
勝ちにいくと、遊びが試合になる。彼女が欲しかったのは勝ち負けじゃなく、ラリーが続く手応えのほう。
決定打になったのは、意地悪の中の観察を拾って返すやり方。
またネクタイにケチをつけられた日。よく気づくね、昨日と違うの、と笑って返してみた。彼女は一瞬黙って、うるさい、とそっぽを向く。首筋まで赤くなってたのは、見なかったことにした。
意地悪が、好意じゃなくなる時
いじられ疲れは、男にもある
意地悪が好意の裏返しだとしても、受け取る側の体力には限りがある。
店に、いじられキャラで売ってた先輩がいた。どの卓でも笑いを取って、お客さんに誰より可愛がられてた人。
辞める前の夜、非常階段で缶コーヒーを飲みながら、先輩は言った。
「毎日ちょっとずつ削られてたんだよね。笑ってたけど」
正直、ショックだった。あの人の笑顔を、僕は一回も疑ったことがなかったから。
好意でいじる側は、たいてい気づけない。相手が笑ってるのを見て、まだ大丈夫だと安心してしまう。
好きでも、許さなくていい意地悪がある
相手が自分を好きかどうか。その意地悪を受け入れるかどうか。この2つは、切り離して考えていい。
人前で繰り返し恥をかかされる。言われるたびに、自分が少しずつ縮んでいく。謝られたことが、一度もない。
そこまで来たら、好意の有無は、もう関係ない。それは意地悪じゃなく、ただの攻撃。
嫌だったことは、嫌だったと伝えていい。本当にあなたを大事に思ってる相手なら、そこで慌てて、ちゃんと手を引くはずだから。
好きな人に意地悪してしまう女性へ
意地悪は、わさびと同じ
意地悪を、無理にゼロにしなくていい。言われて嬉しい男も、ちゃんといるから。
気にしてほしいのは量のほう。寿司のわさびみたいなもので、ちょっと効いてるとおいしい。入れすぎると鼻にツーンときて、涙が出る。
余談だけど、僕はこの歳になってもわさびが苦手で、寿司はずっとサビ抜き(笑)
目安は、意地悪ひとつに本音ひとつ。いじったあとに、素直な言葉を添えておく。
鈍いね、のあとに、まぁ嫌いじゃないけど。遅いよ、のあとに、待ってたんだから。
それがあるだけで、男は新聞紙の包みを自分でほどけるようになる。
LINEと人前とコンプレックスは、避けて通る
文字だけの意地悪は、思ってるより尖って見えるもの。
顔を見て言えば、笑いながらの冗談だと伝わる。同じ台詞でも、画面に並ぶと棘しか見えなくなることがある。本人は笑い声をつけたつもりでも、相手に届くのは温度のない文字だけ。
人前も同じ。2人の時なら遊びで済むからかいが、みんなの前だと公開処刑になる。男のプライドなんて、卵の殻くらいの硬さしかないんだから。
彼が引け目を感じてる見た目や家族、仕事の失敗。そこは、どれだけ仲が良くても踏まないこと。
一回だけ、包み紙なしで渡す
意地悪な自分を、まるごと作り替える必要はない。そのかわり、ここぞという時に一回だけ、包み紙なしで渡してみる。
サエさんが最後に店に来たのは、転勤が決まった週だった。始まりは、やっぱりネクタイ。最後までそれ?ほんとセンスないね、とお決まりの調子でけなされた。
いつもどおりの夜。見送りで店の階段を下りる途中、彼女が突然立ち止まった。
(あれ、今日はおまけの一言、ないのかな)
振り返ったサエさんは、僕の目を見て、小さく言った。
「あのカード、ずっと持ってるから」
意地悪の包み紙が一枚もない、まっすぐな言葉。7割どころか、1割も打ち返せなかった。

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