ソファで隣に座っていた恋人が、急に吹き出す。
こちらはスマホを見ていただけ。変な顔をした覚えも、面白いことを言った記憶もない。え、何?と聞いても、返ってくるのは、なんでもない、の一言。
この、宙ぶらりんにされる感じ…地味に効く。
私はホストを数年やっていたので、笑わせる側にも、笑われる側にも、わりと長く立っていた。そのうえで言えるのは、理由のない笑いの大半には、ちゃんと理由があるということ。本人もうまく言葉にできていないだけ、というケースが本当に多い。
恋人に何もしてないのに笑われると、なぜ不安になるのか
理由の見えない笑いは、中身の分からない箱を渡されるのに似てる
25歳の美咲さんは、デート中、何もしてないのに彼氏に笑われることがあるという。
飲み物をこぼしたわけでもない。変なことを言ったわけでもない。理由を聞くと、彼は可愛いからと答える。でも、どこが?という部分が丸ごと抜け落ちてる。
最初は流せていたのに、何度も続くうちに、からかわれてるのかなと思い始めたそう。
23歳の彩花さんも、付き合いたての頃に似た経験をしてる。何が面白いの?と聞いても、なんとなく。最初は一緒にいて楽しいのかなと受け取ってた。それがだんだん、自分のどこかがおかしいのかな、に変わっていった。
理由のない笑いって、リボンのかかった箱をいきなり手渡されて、開けるなと言われるようなものなんですよね。
中身がプレゼントか、空箱か、バネ仕掛けのおもちゃか分からない。分からないものを、人はだいたい悪いほうに想像する。帰り道に、電車の窓に映った自分の顔をつい確かめたくなるのも、そのせいでしょうね。
ホストクラブで女性が打ち明けた、笑ってしまう側の事情
逆側の声も、店ではよく聞いた。
保育士をしていたお客さんが、ある夜こう言ってた。
「好きな人と目が合うと、口が勝手にゆるむの。で、相手に何?って顔されて、余計に笑っちゃう」
別の子は、もっと正直だった。
「真面目な顔で褒められると、むずがゆくて笑っちゃう。ほんとは嬉しいのに、それを顔に出すのが恥ずかしいから」
二人とも、笑いの中身は好意と照れ。なのに外から見ると、ただ笑ってるだけにしか見えない。
笑う側は、自分の笑いに説明が必要だなんて、そもそも考えてもいない。説明するほうが照れくさいから、なんとなくで済ませる。
受け取る側からすると、そこが一番困るところなんだけどさ。
元ホストの私が、新人時代に毎晩笑われていた話
何もしてないのに笑われた、地獄の一か月
ホストになったばかりの頃、私は席に着くたびに笑われていた。
ボケたわけじゃない。むしろ緊張で、ほとんど何も話せていなかった。グラスに氷を足すだけで、向かいのお客さんがクスッと笑う。おしぼりを渡すだけで、また笑う。
最初は気にしないふりをしてたけど、一週間もするとさすがにキツくなった。
(私、何か変なのか…?)
ある晩、思い切って常連のお姉さんに聞いた。何がそんなに面白いんですか、と。返ってきた答えは、拍子抜けするものだった。
「必死さが全部顔に出てて、可愛いんだもん」
悪意はゼロ!むしろ好かれていた。
あとで先輩にその話をしたら、笑われてるうちは花だぞと言われた。見向きもされない新人は、笑われもしないらしい。
あの一か月、私はずっと、自分の何がおかしいかを探して鏡ばかり見てた。探すべきだったのは、相手の目のほうだったのにね。
告白して笑われた夜、帰り道で少しだけ泣いた
もうひとつ、店の外の話。
二十代の前半、好きだった人に気持ちを伝えたことがある。好きです、と言い終わった瞬間、彼女が笑った。
頭が真っ白。駅までの道を、どう歩いたかあまり覚えていない。正直に書くと、改札の手前で少し泣いた。ダサいけど本当の話。
後日、彼女から連絡が来て、あれは照れて笑っちゃっただけ、ごめんと言われた。
30歳の健太さんと31歳の隼人さんも、ほとんど同じ経験をしている。好きだと伝えた直後に笑われて、真剣に受け取ってもらえなかったと傷ついた。あとから照れだったと説明されても、その場の痛みは消えなかったそう。それ以来、二人とも大事な話をする前に少し身構えるようになったという。
分かるなぁ、それ。
真剣な場面での笑いは、だいたい照れか緊張の逃げ道。頭ではそう理解していても、心のほうは、笑われたという事実だけを先に握りしめてしまう。
笑った側に悪気がなくても、受け取った側の痛みは本物。そこは、どちらも嘘じゃないんですよ。
笑いの正体を見分ける手がかり
笑ったあとに何が続くかで、だいたい分かる
29歳の優子さんの話が分かりやすい。
前の彼氏には、理由も分からないまま笑われることがよくあって、馬鹿にされてるのかなと感じていた。今の彼氏は、笑ったあとにごめん、なんか笑っちゃったと一言添えてくれる。それだけでずいぶん安心できる、と。
28歳の大輔さんも、笑われたあとにフォローがあると気持ちが落ち着く一方で、ただ笑われて終わると距離を感じるそう。
笑いそのものより、笑いの後ろについてくるもの。見るべきはそっち。
目が合ったまま笑ってるか、目をそらして誰かと笑ってるか。笑ったあとに触れてくるか、そのまま話題を変えるか。二人きりのときに笑うのか、人前でネタにするのか。
好意から来る笑いは、たいていこっちに向いてる。からかいの笑いは、こっちを素通りして、第三者のほうを向いてることが多い。店で長く人の顔を見てきた中で、これはかなり当たる見分け方です。
失敗を笑われるのと、存在を笑われるのは別の話
ややこしいのは、悪意がなくても嫌な笑いがあること。
大輔さんの彼女は、料理でちょっと失敗したときや、道を間違えたときに笑うんだとか。悪気はないんだろうけど、ちょっとムッとする。彼女はそんなに気にしないでと言うけど、本人は気になる。
26歳の陸さんの場合は、スマホを見てるだけで何してるの?と笑われたり、何気ない仕草をいじられたり。最初は仲がいい証拠だと思ってたのに、だんだん自分のことが面白いのかなと引っかかり始めた。
32歳の翔太さんは、あなたの言い方が面白いと笑われて以来、話す前に一度考えるようになった。
ここ、見逃さないでほしい。
笑われたせいで、話し方や動き方を自分で小さくし始めたら、それはもう軽いじゃれ合いの範囲を出てる。失敗をいじられるのは、まだ笑い話にできる。でも、普通にしてる自分の存在そのものに笑いが向き続けると、人は少しずつ縮んでいく。
縮んでいく自分に気づいたら、それが話し合いのタイミング。相手が悪人かどうかは、この際どうでもいいんです。
笑われてモヤモヤしたときの伝え方
なんで笑ったの?を責めずに聞くコツ
美咲さんは今、笑われたら、笑った理由を聞いてもいい?と確認するようにしてるそう。陸さんは話し合いの場を作って、笑うときは理由を言ってほしいと伝えた。
この二人の聞き方、どっちも上手い。
なんで笑うの?だと、どうしても詰問に聞こえる。理由を聞いてもいい?なら、相手に答える余地が残る。語尾ひとつで、取り調べが雑談に変わるんだから不思議なもの。
23歳の彩花さんは、笑いについて彼と話し合ったものの、まだ完全には腑に落ちていないみたい。
全部がきれいに片づくわけじゃない。それでも、黙ってモヤモヤを溜めて、ある日まとめて爆発させるよりはずっといい。ホスト時代、溜め込んでから一気に吐き出すお客さんほど、関係を自分で壊してしまう場面を何度も見た。
小出しでいい。その日のうちに、軽く。
キスの途中で笑われても、拒絶とは限らない
34歳の沙織さんは、彼とキスしているときに急に笑われることがあると話してくれた。
何もしていないのに笑われると、一瞬、何かおかしかったかなと固まってしまう。彼の説明は、なんとなく笑っちゃった。今は気にしないと思えるようになったけど、最初はやっぱり戸惑ったそう。
距離が近い場面での笑いって、緊張がほどけた合図なことがわりとある。
人は、本当に気を許した相手の前でだけ、意味のない笑いがこぼれる。警戒してる相手の前では、笑う余裕すらないから。
店でも、初回のお客さんはまず笑わない。三回、四回と通ううちに、何もないところで笑い出す。あれが来ると、ああ、やっと肩の力を抜いてくれたんだなと分かった。
もちろん、キスの最中に笑われるのが気になるなら、それを言っていい。そこで流さずに話せる関係なら、たぶん笑いはもっと柔らかいものに変わっていく。
笑われる側から、笑い合う側へ
笑ってしまう人に伝えたい、ひと言添えるだけで変わること
もしかしたら、笑ってしまう側の人も読んでいるかもしれないので、少しだけ。
笑うのは自由。止めなくていい。
ただ、ごめん、可愛くて笑っちゃった、とか、なんか幸せで笑えてきた、とか。理由を半分だけでも言葉にしてくれると、受け取る側の夜が全然違う。
優子さんの今の彼氏が添えるごめん、なんか笑っちゃったも、中身としてはほぼゼロ。それでも効く。理由は言えなくても、悪意じゃないことだけは伝わるから。
照れくさいのは分かる。私も、店で真剣な顔を作るたびに、自分で自分に笑いそうになってた側なので(笑)
意味のない笑いが、いちばん意味を持つこともある
27歳の莉子さんの彼氏は、目が合った瞬間に笑うことがある。
変な顔をしていたのかと焦った彼女に、彼はただ見てたら笑っちゃったと答えた。今は悪意がないと分かっている。それでも理由の分からない笑いが、ときどき気になる。
その気持ちも、たぶん正しい。
ただ、私なりに言わせてもらうと。何もしてないときの自分を、わざわざ見ている人が隣にいる。それって、ちょっとした奇跡に近い。
炭酸の泡みたいなもので、理由なんてなくても勝手にのぼってくる。蓋を開けたのは、たぶんあなたのほう。
笑われて胸がじわっと温かくなる日が来るまで、モヤモヤしたら聞けばいい。聞いて、笑われて、また聞いて。

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