LINEの友だちリストを下までスクロールすると、ずっと動かないアイコンがひとつある。
最後のやりとりは、何年も前の、またね、だった。削除する理由もないし、送る用事もない。だから、ただそこにある。
もう会えない好きな人がいる人なら、この感じ、少しは分かってもらえる気がする。
引っ越し、異動、結婚、突然の音信不通。会えなくなった理由はそれぞれでも、心のどこかに鍵のかからない部屋が残るのは、話を聞いた誰もが同じだった。
もう会えない好きな人が、ふとした瞬間に戻ってくる理由
終わり方が曖昧なほど、心のシャッターは下りきらない
32歳の優子さんは、付き合っていた彼から突然連絡を絶たれた。理由は分からない。会って話す機会もないまま、相手が別の人と付き合い始めたと人づてに聞いた。
もう会えないと分かってからも、しばらくはスマホが鳴るのを待っていたという。頭では終わったと理解している。それでも、理由が空白のまま終わったことが、喉の奥の小骨みたいに引っかかってる。
26歳の陸さんは、片思いの相手が仕事で海外に行く別れ際、また会おうと言われた。それきり連絡はない。自分から送る勇気が出ないまま、季節だけが何回も過ぎた。
29歳の莉子さんは、遠距離の彼との別れを自分で決めた側。決断は正しかったと思ってる。なのに、相手が海外に行ったと聞いた途端、最後にもう一度会って話したかったという気持ちが急に膨らんだ。
三人に共通するのは、物語の最後のページが破れていること。
閉店時間を過ぎても、シャッターが半分開いたままの店みたいなもので、通りかかるたびに中をのぞいてしまう。ちゃんと閉まった店の前では、人はそこまで足を止めないのにね。
ホストクラブで聞いた、あの人に似ているから指名したという本音
店にいると、もう会えない誰かの話をしに来るお客さんに、わりと出会う。
ある常連さんは、初めて自分を指名した理由をあっさり教えてくれた。
「昔の彼に、笑ったときの目の形が似てたから」
悪びれる様子はなかった。むしろ、言えて肩の荷が下りたような顔をしてた。
別の子は、毎年同じ日に必ず来る。理由を聞いたら、もう会えない元カレの誕生日だから、と。この日だけは一人で家にいたくないんだって。その夜の彼女は、いつもより少しだけよく笑って、いつもより早く帰っていった。
ホストクラブって、恋愛を始める場所だと思われがちだけど、実は終わった恋の置き場所になってることも多い。
誰にも言えない相手の話を、利害関係のない誰かに聞いてほしい夜がある。それくらい、もう会えない人の存在って、人の中で場所を取るものなんだよね。
元ホストの自分が、誰かの身代わりだった夜
名前を呼び間違えられて、気づいたこと
さっきの、目の形が似てると言った常連さんの話には続きがある。
通い始めて半年くらい経った頃、酔った彼女が自分のことを、知らない男の名前で呼んだ。
一瞬、空気が止まる。彼女の顔から血の気が引いていくのが分かった。
正直に言うと、少しだけ傷ついたよ。
(あ、自分ってやっぱり代わりなんだな)
でも次の瞬間には、彼女のほうがずっとつらいんだと気づいた。会えない人の名前が口から勝手にこぼれるくらい、まだその人で頭がいっぱいなんだから。
自分は笑って、その名前、いい響きだねとだけ返した。
彼女が店に来なくなったのは、それから数か月後のこと。最後の夜、ありがとう、もう大丈夫かもと言っていた。
身代わりでも、誰かの気持ちを最後まで聞く役に立てたなら、それはそれで悪くない仕事だったのかもしれない。
自分にも、連絡先だけが残っている人がいる
冒頭のアイコンの持ち主の話も、少しだけ。
ホストになる前、カフェのバイトで一緒だった子がいた。シフト終わりに、駅まで並んで歩く十分間がやたら楽しみで。
告白しようと決めた週に、彼女が地元に帰ることになった。最後の日、またねとだけ送って、それっきり。あのとき一行でも本音を足していたらと、たまに考える。
27歳の美咲さんの話を聞いたとき、他人事とは思えなかった。大学時代の片思いの相手が地方に就職して、連絡が途絶えた。いつか会えると思っていたのに、気づけば数年。今は別の人と付き合っているけど、あの人を完全に忘れられたわけじゃない、と。
24歳の彩花さんは、職場で気になっていた人が、告白する前に異動になった。仕事中にふと思い出しては、声をかけていればと後悔する。相手がどう思っていたかは分からないし、自分だけが意識していた可能性も高い、と本人は笑ってた。
その、自分だけだったかもと予防線を張る感じも含めて、胸の奥の同じ場所がうずく。
後悔の種類によって、向き合い方は変わる
言えなかった後悔は、一度だけ声に出して外に逃がす
35歳の翔太さんは、若い頃に好きだった人に告白しないまま終わった。相手は結婚して子どもが生まれたと聞いた。翔太さん自身も今は結婚していて、子どももいる。
過去の選択を後悔しているわけじゃない。それでも、あの人と付き合っていたらと考える瞬間がある、と話してくれた。
36歳の沙織さんは、共通の友人の結婚式で昔好きだった人と久しぶりに会った。その後、相手は地方に戻ったらしい。当時は沙織さんにも恋人がいたから、何も言えなかった。今になって、あのとき正直に話していればと思うことがあるそう。
言えなかった言葉って、行き先のない手紙みたいに胸のポストに溜まっていく。
自分がすすめたいのは、それを一度だけ声に出すこと。相手に送るんじゃなく、自分の耳に聞かせる。車の中でも、カラオケボックスでも、夜の河川敷でもいい。好きだった、と口に出してみる。
これ、やってみると驚くほど恥ずかしい。顔から火が出そうになる!
でも、頭の中で何年も回り続けていた言葉が、一回空気に触れると、少しだけ形が変わる。
自分も一度だけ、バイト帰りの彼女の名前を、誰もいない駐車場で呟いたことがある。そのあと、なぜか笑えてきた。
(何やってんだ、自分)
理由が分からない別れは、分からないまま棚に置いておく
優子さんのように、理由も知らされずに終わった恋は、厄介だ。
空白があると、人はそこを自分のせいで埋めようとする。あのとき言いすぎたから、重かったから、魅力がなかったから。
でも、その答え合わせは永遠にできない。相手にしか分からないし、もしかしたら相手自身もうまく言葉にできていないのかもしれない。
ホスト時代、急に来なくなったお客さんのことを、何人も考え続けた時期がある。何がいけなかったのか、どこで間違えたのか。
結局、理由が分かったケースはほんの一握りだった。しかも分かった理由のほとんどは、引っ越しや転職みたいに、こっちとは関係のないものばかり。
あれだけ自分を責めた時間、返してほしい。
分からないものは、分からないというラベルを貼って、棚の上に置いておく。無理に開けない。それでいいんだと思えるまでに、時間はかかる。かかっていいんだよ。
結婚した、遠くへ行った、もう会えない形はひとつじゃない
幸せそうだと聞いて複雑になるのは、ちゃんと好きだった証拠
30歳の大輔さんは、昔好きだった人が結婚したと知った。直接会うことはもうないけど、共通の知り合いから近況が届く。
幸せそうだと聞くたびに、複雑になる。大輔さんはまだ独身で、あのときもっと頑張ればよかったと思ってしまう。それでも、相手の人生を邪魔する気はないから、静かに見守ると決めているそう。
33歳の健太さんは、別れ際にもう会わない方がいいと言われて、それ以来連絡していない。相手は転職して遠くに越した。今でも街で似た雰囲気の人とすれ違うと、胸の奥がざわっとする。
相手の幸せを素直に喜べない自分を、責める必要はない。
複雑になるのは、その人をちゃんと好きだった証拠。どうでもいい相手の結婚に、人はいちいち心を揺らさない。
喜べない日があって、喜べる日もある。その揺れを行ったり来たりしながら、少しずつ平らになっていく。
二度と会えなくなってから気づく、時間の重さ
40歳の隼人さんの話は、聞いていて言葉が出なかった。
若い頃に好きだった人がいて、タイミングが合わないまま、何も始まらずに終わった。何年も経ってから届いたのは、その人が病気で亡くなったという知らせ。
もう会えないと分かった瞬間から、後悔が急に強くなった。もっと会いに行っていればよかった、と今でも思う。隼人さんは、それを静かな声で話してくれた。
引っ越しや結婚なら、理屈の上ではまた会える可能性がゼロじゃない。でも、この別れには、その余白すらない。
そういう喪失を抱えている人に、早く前を向こうとは、自分にはとても言えない。
ただ、ひとつだけ。悲しみが長く続いて、眠れない、食べられない、日常が回らないところまで来ているなら、一人で抱えないでほしい。信頼できる人や専門のカウンセラーに話すと、少し呼吸がしやすくなることがある。
時間が経っても完全には忘れられない人がいる。隼人さんのその言葉を、自分は否定しない。
忘れなくていい、でも今日を止めない
思い出す回数が減っていくのは、薄情だからじゃない
健太さんは、時間が経つにつれて思い出す頻度は減ったと言ってた。でも完全に消えたわけじゃない、と。美咲さんも、今の恋人がいながら、あの人を忘れきれていない。
この二人の話を聞いて、ちょっと安心した自分がいる。
思い出す回数が減ることに、罪悪感を覚える人は意外と多い。あんなに好きだったのに、もう一週間も思い出さなかった、みたいな。
でもそれは、気持ちが嘘だったからじゃない。心が今の生活に、ちゃんと場所を割り振り始めたってこと。
新しい人を好きになっても、前の人の記憶は消えない。上書きじゃなくて、別のフォルダに保存されるだけ。両方あっていい。むしろ両方あるほうが、人として自然でしょ。
引き出しの奥にしまって、たまに開けるくらいでいい
最後に、例のアイコンの話に戻る。
自分はいまだに、あのLINEを消していない。たまにスクロールの途中で目に入ると、一瞬だけ指が止まる。それで終わり。
前はその一瞬が、一日中尾を引いた。今は、元気かなと思って、そのまま閉じられる。
何かを乗り越えたわけじゃない。引き出しの奥にしまう場所が、やっと決まっただけ。
もう会えない好きな人の記憶を、無理に捨てる必要はないよ。ふと開けて、ちょっと懐かしくなって、またしまう。ポロッと涙が出る日があっても、それはそれ。
ただ、引き出しを開けっぱなしにして、目の前の部屋まで散らかさないように。
誰かと笑えた夜、胸の奥がじんわり温かくなったら、たぶんそれで十分。
駅まで並んで歩いたあの十分間の楽しさも、ちゃんと今の自分のどこかで続いてるから。

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