手が出るのは、口が動かないときなんだよ。
これに気づくのに、俺はずいぶんかかった。しかも自分が触る側になってからようやく、という間抜けな順番でね。
くっつく行為は、欲というより調整に近い
言葉にできない不安が、手に出る
触れると、心拍が落ちる。単純にそういう作りらしい。
で、感情の整理を言葉でやる訓練を受けてない男は、その落とし方をひとつしか持ってない。腹が立った日、仕事で削られた日、なんとなく心細い日。全部同じ動作に流れ込む。
つまり密着の量は、愛情の量というより、その人が抱えてる落ち着かなさの量に近いことがある。増えたなと思ったら、相手の生活の側で何か動いてる可能性を先に見たほうがいい。
いつ触ってくるかで、中身が割れる
夜だけ増える人。これは分かりやすいから、みんな警戒する。
厄介なのは、帰宅直後に集中する人のほう。玄関でくっついてきて、そのまま黙ってるやつ。あれは甘えじゃなくて、外で溜めた圧を抜きに来てる。悪気はない。ないんだけど、抜かれる側にはそれなりの負荷が乗ってる。
あとは、こっちが忙しくしてるときに限って来るタイプ。手が塞がってる相手に触りにいくのは、注意をこっちに戻したい動きでね。無自覚だから、本人に言っても通じにくい。
誰にでもなのか、あなたにだけなのか
人前でだけ触る男の、内側
友達の前、店員の前、同僚がいる場所。人の視線があるときだけ肩を抱いてくる人がいる。
二人きりになると、ぴたっと止まる。この落差がある場合、触ってるのはあなたじゃなくて、周囲に向けた表示に近い。所有の表明ってやつね。
されて悪い気がしないから、見逃されやすい。ただ、その手は関係の中身とあまり関係してない。
退屈な時間に触ってくるかどうか
判定はここが一番早い。
なんでもない夕方。テレビがついてて、洗い物の音がして、会話も途切れてる。その状態でふっと足をくっつけてくるとか、頭に手を置くとか。
演出の要素がゼロの場面で出る接触は、まぁ、かなり本物寄りだと思っていい。誰も見てないし、そこから何かが始まるわけでもない。得がないんだよ、その動作に。
得のない接触を積んでる相手は、少なくとも今、あなたと一緒にいることそのものを味わってる。
ホスト時代、触れ方は技術として教わった
手の甲から始めろ、と言われた
新人の頃、先輩から具体的に指導された。
いきなり肩や腰はダメ。手の甲、それも一瞬。相手が引かなければ次の段階へ。引いたらその日は終わり。距離の詰め方に手順があって、順番を飛ばすと全部壊れる。
正直、教わったときは気持ち悪いと思った。人の距離感を攻略の対象として扱ってるわけだから。
でも数ヶ月やって、腕が上がった。上がってしまった。あれを覚えた自分に、ちょっと嫌気がさした時期がある。
触ると、会話の段階を飛ばせてしまう
なぜ店で触れ方を教えるのか。答えは効率でね。
三時間かけて信頼を積むより、適切なタイミングで一回触るほうが、距離が縮んだ感じを作れる。実際には縮んでない。縮んだ感覚だけが発生する。
この構造を知ってるから、無意識にくっついてくる男を見ると、俺は少し身構える。技術として使ってる人と、症状として出てる人がいて、後者はまだいい。前者は、会話で埋めるべき工程を飛ばしにきてる。
見分け方は、触った後に話をするかどうか。触って満足して黙る人は、たぶん飛ばしてる。
店で女性たちが漏らしていた、触られることへの本音
触るのに、話は聞かない
からん、と氷を回しながら言われた台詞がある。
「くっついてくるくせに、私の話は全然覚えてないんだよね」
これ、何人からも聞いた。接触の量と、関心の量が一致してない相手への違和感。触られること自体が嫌なんじゃない。触るだけで完了された感じが、じわじわ効いてくる。
もうひとつ。
「触ってる間、目が合わないの。あれ何なんだろ」
言われて背筋が寒くなった。俺も営業中、触りながら店内を見回してた自覚があったから。
私じゃなくてもいい気がする瞬間
一番刺さったのが、これだった。
「その手つき、慣れすぎてて怖いときがある」
慣れは、経験の証明であると同時に、相手の固有性を消す。手順として洗練されてるほど、受け取る側には交換可能な誰かとして扱われてる感覚が残るらしい。
ぎこちなく触ってくる男のほうが好き、と言った人もいた。当時の俺には理解できなかったな。今は分かる。
俺が、くっつく側になったとき
今日何回触った、と聞かれた
店を辞めた直後。収入も肩書きも消えて、昼の生活に馴染めなくて、頭の中がずっと薄暗かった時期がある。
その頃、当時の相手にやたら触るようになった。腕を掴む、後ろから抱きつく、隣に座って足をくっつける。本人としては甘えてるつもりだった。
ある夜、聞かれた。
「今日、何回私に触ったか分かる?」
分からなかった。数えてないから。
数えていたのは、向こうだった
向こうは数えてた。その事実に、ずしんときた。
数えるという行為が発生してる時点で、それはもう自然な流れじゃない。カウントされる対象になってた。彼女は嫌だと言わなかったけど、記録は取ってたわけで。
その後に言われたことを、まだ覚えてる。触るのはいいから、なんで不安なのか言葉で言ってほしい、と。
言えなかった。言えないから触ってた。図星すぎて、その場では黙り込むしかなくて、たぶん十分くらい二人とも喋らなかった。
くっつく男の内側にあるのは、たいてい説明できない何か。中身を取り出す語彙がないから、いちばん手っ取り早い方法で外に出してる。
心地よさが消える線は、どこにあるか
会話を止めるために使われはじめたら
言い合いになりかけた瞬間に、抱きしめてくる。頭を撫でて、もういいじゃん、で終わらせる。
これ、優しさの形をしてるけど、機能としては消音ボタン。抱擁で議題が消えるなら、その議題は永遠に処理されない。積み上がっていく。
一回や二回なら、まぁ、ある。毎回それで終わるようになったら、接触が仲直りの代用品になってる。関係の中で言葉が痩せていく合図だと思ってる。
予定を話した直後に、手が増える
友達と旅行に行く、と伝えた日の夜。やけにくっついてくる。
これは分離への反応で、程度によっては愛情表現のうちに入る。ただ、こっちの予定を話すたびに再現されるなら、行かせたくない気持ちが手に出てる。
言葉で止めると角が立つ。触るなら止めたことにならない。無意識にせよ、そういう回路が働いてるときがある。ここに気づいたら、いったん距離の話を言語化する段階に来てるってこと。
距離を測り直すときの言い方
嫌だと伝えると、たいてい拒絶として受け取られる。触られること全部を否定された、と変換されがちでね。
だから、時間帯や場面を指定する形にする。夕飯の支度してるときは待って、とか。人前ではやめて、とか。全否定じゃなく、範囲の調整として渡す。
それと一緒に、代わりの回路を作っておくと効く。触る前に一言、今日しんどかった、と言ってもらう。しょうもないようだけど、これで密着の量が減った例を何度か見てる。
言葉が出るようになると、手は落ち着く。順番はそっちなんだよね。触るのをやめさせるんじゃなくて、触る以外の出口を開けてやる話。
くっつきたがる男は、幼いと言われがちだけど、俺はそう思ってない。単に、自分の内側を説明する練習をどこかで飛ばしてきただけ。
その手が何を言おうとしてるのか。分かる日もあれば、本人ですら分かってない日もある。
ぴったりくっつかれた夜に、たまに聞いてみるといい。何かあった、って。返事が返ってきたら、その関係はまだ言葉のほうを向いてる。

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