スマホケースを二つ並べて見せられたことがある。同じ形で、色だけ違うやつ。
どっちがいい?と聞かれて、俺は適当に答えた。深く考えてなかった。
その子はその後しばらく、俺の返事の速さを何度か持ち出してきた。あの時さ、って。ああ、あれ試されてたんだなと気づいたのは、だいぶ経ってから。
お揃いの提案って、雑貨の話に見えて、雑貨の話じゃない。
お揃いにしたがるのは、目に見える形が欲しいから
恋愛感情って、証拠が残らないでしょ。好きと言われても音は消える。抱きしめられても跡は残らない。気持ちだけがある状態って、実はけっこう不安定なのよ。
そこで登場するのが物。同じ物を二人が持ってるという事実は、消えない。目で見えるし、触れる。
不安が強い時ほど、形にしたくなる
順調なときに、わざわざ揃えたがる人は少ない。
安心してる人間は証拠を必要としないから。逆に、相手の気持ちが読めなくなってきた時期に、この提案は増える。
だからお揃いを持ちかけられた男は、可愛いなで終わらせずに、最近何かあったかを一度考えたほうがいい。あれ、実は信号だったりする。
記憶を物に預けているという側面
もう一つは、後から思い出すための装置。
女性のほうが、いつ買ったか、どこで買ったかを細かく覚えてる傾向がある。物を見るたびにその日が再生される仕組みを、無意識に作ってる。
男が忘れてる場面を、彼女がやたら正確に覚えてるのは、こういう錨を打ってるから。
揃えたがる物には、段階がある
同じお揃いでも、何を提案されるかで意味が変わる。
外から見えない物は、内向きの安心
ペアの下着とか、家に置くマグカップとか。他人の目に触れないもの。
これは自分のために欲しがってる。誰かに見せたいわけじゃなくて、二人の間だけで確認できるものが欲しい。
このタイプの提案は、比較的健全。相手を縛る意図が薄い。
外に持ち出す物は、他者への表示が混ざる
スマホケース、キーホルダー、指輪。人の目に入るもの。
ここには、周囲へのアナウンスが乗ってくる。この人には相手がいるという印。
悪いことじゃないよ。ただ、彼女が誰に見せたいのかを考えると、話が見えてくることがある。共通の知り合いに元カノがいるとか、職場に気になる女性がいるとか。表示にはたいてい宛先がある。
服を揃えたがる子は、少し話が別
ペアルックまで行くと、また違う心理が入る。
これは並んで歩く時間そのものを楽しんでる場合が多くて、承認欲求とは限らない。ただ、男側の抵抗が強い領域でもあるから、揉めやすい。
卓で女の子たちが言っていた、お揃いの本音
店にいた頃、この手の話は普通に飛び交ってた。買ったものを見せてくる子もいたし。
断られた記憶は、何年も残る
二十代後半の常連さんが、真顔でこう言った。
「揃えようって言って、えーって顔されたことある。あれ一生忘れないと思う」
聞いた瞬間、うわ、と思った。
彼女いわく、提案そのものは軽い気持ちで出してるらしい。ただ、断られると自分ごと否定された感覚になる。しかもその記憶が異様に長持ちする。
男は数日で忘れる。女は数年覚えてる。この保存期間の差が、後々効いてくる。
揃えたがるのは、独占したいからじゃない
別の子は、こう言ってた。
「縛りたいとかじゃないんだよ。ただ、私といた証拠を持ってて欲しいだけ」
これは意外だった。俺、独占欲だとばかり思ってたから。
監視の道具じゃなくて、記録の道具。この子の中では、そういう位置づけだった。
まぁ、人によっては監視のほうもいるだろうけどね。ただ全部をそう決めつけると、相手の気持ちを取り違える。
俺がペアのブレスレットを外せなかった話
自分の話をする。恥ずかしいけど。
断りきれずに受け取った、はずだった
現役の頃、ある子から細いブレスレットを渡された。二本組のやつ。
正直、仕事柄つけられない。他の客の目に入るから。だから最初は困ったなと思った。
でも断れなくてさ。受け取って、プライベートの時だけつけるという中途半端な形にした。
別れた後、三年つけていた
関係が終わって、しばらくして気づいた。まだつけてる自分に。
外す理由がなかったんだよね。もう二人の物じゃないのに、なぜか手首に残ってた。
三年目のある日、風呂場で外れて排水口の近くに落ちた。拾い上げた時、あ、もういいかと思って、そのまま引き出しにしまった。
じわっときたわ、あれは。物のほうが気持ちより長生きするって、初めて実感した。
彼女が言ってた、証拠を持ってて欲しいという意味が、その時ようやく体でわかった気がした。
提案された側が、どう受けるかの分岐点
ここが実際に一番役立つところだと思う。
即答の速さが、そのまま評価になる
いいよ、と一秒で返せるかどうか。
内容より速度なんだよ。悩んだ時点で、彼女の中では拒否とほぼ同じに処理される。少なくとも、乗り気じゃないと判断される。
これ、理不尽に聞こえるけど、逆の立場なら同じことするでしょ。
全部は無理なら、範囲を先に決める
指輪はきついけどキーホルダーならいい、みたいな線引きは、早めに言っておくほうがいい。
その場で断るより、事前に自分の許容範囲を伝えておくと、彼女もそこを狙って提案してくる。断る場面自体が発生しなくなる。
嫌がってるんじゃなくて、こういう形なら嬉しいと言い換えるだけで、揉めない。
自分から一度は提案する
これが地味に効く。
いつも受け身で承認するだけの男と、一度でも自分から言い出した男では、記憶の残り方が全然違う。
これ二つあるけどどう?と自分から出せば、その一回で数年分の貯金になる。俺はこれに気づくのが遅かった。
揃えたくなくなった時が、本当の合図
ずっとお揃いにこだわってた子が、急に言わなくなる時がある。買ったものを身につけなくなる時がある。
そこが一番のサイン。
証拠を欲しがるのは、まだ関係を確かなものにしたいから。欲しがらなくなったということは、確かめる必要がなくなったか、確かめる気がなくなったか。前者ならいいけど、後者だと静かに終わりが近い。
提案されてるうちが、たぶん一番いい時期なんだと思うよ。面倒くさがってた自分を、後から必ず思い出すから。

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