字が汚い彼女が気になる時|指摘して良い場面と、傷つける言い方

冷蔵庫に貼ってあったメモが、どうしても読めなかった。

三分くらい眺めて、たぶんこれ豚肉だろうな、と当たりをつけて買い物に行った。帰ってきて答え合わせをしたら、鶏肉だった。

笑い話にして終わったけど、その時ちょっとだけ思ったんだよね。この人、字ぐらい丁寧に書けばいいのに、って。

で、その考えが顔に出てたらしくて。あとで軽く責められた。

目次

字が汚いことに引っかかる時、本当は何が気になっているのか

まずここを整理しないと、話がずれる。

読めなくて困ってるのか、それとも別の何かが引っかかってるのか。この二つは全然違う。

実務的に困っているケース

住所を書いてもらったら配送できなかった。共同のスケジュール表が判読できない。子どもの学校に出す書類で書き直しになった。

これは単純に生活上の不便。この場合、指摘する権利は普通にある。

ただ、こういう実害があるケースは、実は少数派なんだよね。

性格の問題として見てしまっているケース

多いのはこっち。

字が雑イコール大雑把、いい加減、家事も雑なんじゃないか。こういう連想が、無意識のうちに走ってる。

これ、根拠がかなり薄い。実際、俺が見てきた中で字が汚くて几帳面な人はいくらでもいた。逆に、綺麗な字を書く人が部屋を散らかしてることもある。

他人に見られるのが恥ずかしいケース

年賀状、記帳、職場への提出物。誰かの目に触れる場面で、自分の彼女の字が晒される。

正直に言うと、これが本音の人はけっこういると思う。ただ、これは彼女の問題じゃなくて、こっちの見栄の話でしょ。

引っかかりの正体がどれなのかは、指摘する前に自分で確認しといたほうがいい。

字が汚い人には、それぞれ事情がある

一括りにできない領域でもある。

思考の速度に手が追いついていない

頭の回転が速い人ほど、字が崩れることがある。

書いてる間に次の考えが来るから、丁寧に整える時間が惜しくなる。メモを取るのが速い人に、この傾向は多い。

雑なんじゃなくて、優先順位が中身に振られてる。

練習する機会がなかっただけ

字は技術だから、習えば変わる。

書道をやってた人と、そうでない人の差は単純に訓練の量。性格とは関係ない。

小学生の頃に一度も褒められなかった人は、そこで諦めたまま大人になってる。それだけの話だったりする。

医学的な背景がある場合もある

書字に困難が出る特性を持つ人もいる。本人が自覚してないこともある。

ここに踏み込むと専門の領域になるから深くは書かないけど、努力不足だと決めつける前に、可能性としては頭の隅に置いといたほうがいい。

卓で女の子たちが言っていた、字を指摘された時の本音

夜の店では、伝票やアンケートに書いてもらう場面がある。だから字の話は日常的に出てた。

笑われた記憶が、何年も残っている

二十代半ばの常連さんが、ボトルの札に名前を書いた後、こう言った。

「字、汚いでしょ。前の彼氏に小学生かって笑われてから、人前で書くの嫌なんだよね」

聞いた瞬間、うわ、と思った。

彼女いわく、その場は自分も笑ったらしい。でも家に帰ってから泣いたって。

指摘した側は、たぶん翌日には忘れてる。言われた側は、何年も持ち歩く。この保存期間の差、恋愛のいろんな場面に出るけど、ここでも同じ。

書くこと自体を避けるようになる

別の子は、こう言ってた。

「手紙とか絶対書かない。書きたい気持ちはあるけど、あれ見られるくらいならLINEでいい」

これ、けっこう損失だと思わない?

彼女には伝えたい言葉があった。でも字を笑われた記憶が、その手段を封じてた。

指摘の代償って、字が綺麗になることじゃなくて、書かなくなることなんだよね。

俺が彼女の字を直そうとして、失敗した話

自分の話をする。冒頭のメモの続き。

よかれと思って、ペン習字の本を渡した

当時付き合ってた子の字が、本当に読みにくかった。

俺は完全に善意で、書店で買ってきた練習帳を渡した。これやってみたら、って。

彼女、その場では、ありがとうって受け取った。笑ってたし、問題ないと思ってた。

一週間後、机の上にそのまま置いてあった

開かれてなかった。一ページも。

聞いてみたら、彼女がぽつりと言った。

「私、直さなきゃいけないと思われてるんだなって」

ぐさっときたわ。

俺はサービスのつもりだった。彼女は評価されたと受け取った。この落差に気づいてなかった。

しかも俺、そのプレゼントで自分がいい彼氏だと思ってたのよ。今考えると本当に恥ずかしい。

三ヶ月後、置き手紙が来なくなった

じわじわ効いてきたのは、そのあと。

出かける時に置いてくれてたメモが、少しずつ減った。代わりにLINEが来るようになった。

便利になったといえばそうなんだけど、なんか寂しくてさ。

読めない字で書かれた紙が冷蔵庫に貼ってある光景が、実はけっこう好きだったことに、無くなってから気づいた。あれは面倒じゃなくて、生活の音だった。

言うか言わないかの、地味な分岐点

じゃあ何も言うなという話でもない。

実害がある場面だけ、その場面に限定して言う

書類の宛名が読めないなら、その書類の話だけすればいい。

ここだけ書き直してもらっていい?で終わり。字が汚いという一般論に広げないこと。

一般論にした瞬間、それは人格の話になる。特定の場面に限定してる限り、単なる連絡でいられる。

直せという言い方をしない

一番やってはいけないのが、練習しろという方向。俺がやったやつね。

改善を要求されると、相手は自分の現状を否定されたと受け取る。しかも字は子どもの頃からの積み重ねだから、否定される範囲が過去まで遡る。

頼む形にすると、抵抗がなくなる

同じことを伝えるなら、こっちの都合として言う。

俺、目が悪くてさ、ここだけ大きめに書いてくれると助かる。

これなら相手の欠点じゃなくて、こっちの要望になる。誰も傷つかない。

字が汚いこと自体は、関係にほぼ影響しない

長く続いてるカップルを見てきて思うんだけど、この手の話で本当に問題になるのは字じゃない。

相手の直せない部分を、どう扱うか。そこだけ。

直せないものは、一定量ある

字、声の大きさ、笑い方、片付けの癖。

こういうものは変えられない。少なくとも、簡単には。

そこに対して指摘を続けるか、生活の一部として受け取るか。この選択が、何年か後の空気を決める。

面白がれた側が、たぶん勝つ

俺の知り合いの夫婦で、奥さんの字がすさまじく読めない家がある。

旦那さんはそれを、暗号だと呼んで楽しんでた。買い物メモを解読するのが週末の恒例行事になってて、間違えて買ってきたものを二人で笑ってた。

あれ、いいなと思ったわ。

同じ現象を、欠点として処理するか、その家だけの遊びにするか。中身は一ミリも変わってないのに、暮らしの手触りが全然違う。

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