年上女性からの誘いが嬉しい理由|返し方で二度目が決まる

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初めて誘われた夜、自転車で帰った

初めて客からアフターに誘われた夜、俺は自転車で帰った。 終電はとっくになくて、タクシー代もなくて、店の裏に置いてあったママチャリを借りて三十分こいだ。 その間ずっとニヤけてたと思う。坂道でも全然きつくなかった。

意味を取り違えていた

当時の俺が浮かれていた理由は、たぶん、自分に商品価値があると確認できたから。 選ばれた。必要とされた。そういう種類の高揚だった。 彼女がどういう気持ちで誘ってきたのかは、一ミリも考えてなかった。

あの誘いに、何がかかっていたか

何年も経ってから、別の客に言われて初めて分かった。 年上から誘うのは、思っているより怖いことなんだ、と。 あの夜、俺が自転車で浮かれている間、彼女のほうは家に着いてから、変に思われなかったかな、と考えていたかもしれない。その可能性を、当時の俺は考えつきもしなかった。

なぜ、年下の男はあれほど嬉しいのか

選ばれる経験が、極端に少ない

若い男は、基本的に選ぶ側の練習ばかりしてる。誘うのは自分、断られるのも自分。 選ばれる側に回る経験が、驚くほど少ない。 だから、誘われるという出来事そのものが珍しい。珍しいものは強く効く。相手が誰であっても、けっこう浮かれる。

駆け引きの往復がない、という楽さ

同年代同士だと、誘うまでに探り合いが入る。忙しい?とか、そのうち行こうよ、とか。往復が多い。 年上からの誘いには、その手前が省略されていることが多い。行こう、と決まってる。 決着している状態が渡されるのは、けっこう楽なんだよ。考えなくていい。その楽さも、嬉しさの中に混ざってる。

モテたことより、決めてもらえたこと

だから、嬉しさの中身を分解すると、恋愛的な意味は意外と少ない。 自分に価値があると確認できた。判断を代わりにしてもらえた。この二つが大きい。 ここを恋愛の合図だと勘違いすると、後でずれる。逆に、相手からすると、恋愛の意図で誘ったのに単に浮かれられただけ、という結果にもなる。

誘う側が、払っているもの

断られた時、理由が年齢に見えてしまう

これが、この記事でいちばん伝えたいところ。 同年代に断られたら、タイミングが悪かった、好みじゃなかった、と解釈の余地がある。 年下に断られると、年齢のせいに見えてしまう。しかも、その解釈を否定する材料が自分にない。 だから一回断られると、次から誘えなくなる。傷の深さが違うの。

誘う前に、何日も考えている

年上の女性が誘いの一言を出すまでに、どれくらい考えているか。 文面を書いて消して、また書いて、送るタイミングを測って。重く思われないか、迷惑じゃないか、図々しくないか。 軽く送られてきたように見えるラインの裏に、そういう時間があることは普通にある。 誘われた側は、その時間をまったく見ていない。見えないんだから仕方ないんだけど、知っておくだけで返し方が変わる。

嬉しいと言われただけでは、足りない

そして、ここがいちばんの落とし穴。 嬉しいです、ありがとうございます。この返事は、誘った側からすると受け取りの確認でしかない。 勇気を出した側が知りたいのは、また誘ってもいいかどうか。それを教えてくれるのは、言葉じゃなくて次の行動のほう。

店で聞いた本音

断られたら、年のせいだと思っちゃう

「誘うのさ、めちゃくちゃ緊張したよ。断られたら、あ、やっぱり年か、って思っちゃうから」 四十代の常連が、笑いながら言ってた。笑いながら言うことじゃないと思ったけど、本人はもう慣れてるみたいだった。 慣れてる、というのがまた重い。何度かそういう思いをしてきたということだから。

私から二回、向こうからは一回もなかった

もうひとつ、忘れられない話。 「若い子と何回か会ったのね。嬉しいですって言われたのは覚えてる。でも、私から二回誘って、向こうからは一回もなかったの」 その時点で、彼女はもう誘うのをやめてた。 嫌われたわけじゃない。ただ、毎回自分が勇気を出す側なのが、続かなくなっただけ。 若い子って、嬉しいですって言うだけで終わるんだよね、と付け足された。俺のことを言われてる気がして、何も返せなかった。

社交辞令か、本当の誘いか

日付が入っているかどうか

判定はここで足りる。 今度ごはん行こうね、は挨拶に近い。別れ際の定型文として使われる。 来週の木曜どう?は誘い。日付を出した時点で、相手は断られる覚悟をしてる。 覚悟をしている誘いかどうかは、具体性に出る。

場所を具体的に出してくるか

もうひとつ。行きたい店の名前が出ているか。 店名が出ているということは、前から調べていたということ。その日思いついた話じゃない。 どこでもいいよ、が続くなら、その誘いはまだ形になっていない。

迷ったら、こちらから日付を出す

社交辞令かどうか判断がつかない時は、返事で日付を出せばいい。 じゃあ来週の水曜とかどうですか、と。 本気の誘いなら話が進むし、社交辞令なら曖昧に流れる。相手を試すというより、相手が答えやすくなる。曖昧なまま置いておくほうが、双方にとってきつい。

返し方で、二度目が決まる

いいんですか、を繰り返さない

嬉しさが出すぎると、つい確認してしまう。ほんとにいいんですか、俺なんかでいいんですか。 気持ちは分かる。ただ、これを繰り返されると、誘った側はもう一度背中を押す作業をさせられる。 勇気を出した人に、追加で勇気を出させることになるんだよ。一回だけならいい。三回言ったら重い。

奢りの話に持っていかない

奢ってもらっていいんですか、という言い方も、できれば避けたほうがいい。 その一言で、話題が食事から金の話に移る。そして金の話は、たいてい年齢差の話に着地する。 せっかく年齢の話をせずに始まった時間を、こちらから戻してしまうことになる。

次の一手を、自分から出す

二度目があるかどうかは、ほぼこれで決まる。 その日のうちに、次はこっちが誘わせてください、と言う。あるいは、数日後に自分から日付を出す。 金額を返す必要はないの。行動を返せばいい。誘われたら誘い返す。それだけで、相手は勇気を出した甲斐があったことになる。 逆に、これができないと、どれだけ楽しそうにしていても、相手の中では一方通行のまま記録される。

嬉しさと、好きは別物

混同すると、後で両方が痛い

浮かれている段階の感情は、選ばれた喜びであって、その人への好意とは限らない。 そこを確かめないまま関係が進むと、ある日ふっと熱が引く。引いた側は理由が分からず、引かれた側は年齢のせいだと思う。 一番まずい終わり方だと思う。

三回目までに、自分の気持ちを確かめる

確かめ方は簡単で、相手から誘われなかったとしても会いたいかどうか。 誘われるから行く、のか。会いたいから行く、のか。 三回目くらいまでに、この区別はつくはず。つかないなら、まだ選ばれた喜びの中にいる。

断る場合の、傷の少ない形

行かない選択をすることもあるでしょ。その時の伝え方も書いておきたい。

理由に年齢を出さない

年上の方はちょっと、みたいな言い方は、相手が一番恐れていた解釈をそのまま渡すことになる。 本当にそれが理由だったとしても、口に出す必要はない。 今は誰とも、とか、そういう気持ちで見られていなかった、で足りる。

誘ってもらえたこと自体には、触れる

誘ってもらえて嬉しかったです、という一言は入れたほうがいい。 勇気を出した事実に対して、何も返ってこないのが一番きついから。 断ることと、相手の行動を否定することは、別にできるからね。

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