朝九時四十分の駅前って、なんであんなに眩しいんだろう。店を出たのが五時で、二時間だけ寝て、寝癖直して立ってた。待ってたのは病棟から直行してくる子。向こうから歩いてくる姿を見て、一瞬わからなかった。歩き方が、なんかふわっとしてた。地面から二ミリ浮いてるみたいな。
おはよ、と言った声も、半分しか出てなかった。
あの日のデートは失敗した。理由は全部こっちにある。
夜勤明けの体は、起きてるのに起きてない
眠気の本番は、会ってから三時間後に来る
明けの直後って、意外とテンションが高い。終わった解放感でアドレナリンが残ってるから、本人も、いけるいける、と思ってる。
落ちるのはそこから。だいたい三時間くらいで、かくんと来る。会話の返しが一拍遅れて、目のピントが合わなくなって、笑顔だけが残る。あの笑顔が残るのがつらいんだよね。本人は必死に接客してるんだよ、彼氏相手に。
だから朝十時に会って昼めし食って夕方まで、という予定を組むと、後半の三時間は地獄の耐久になる。楽しかった記憶より、眠さを我慢した記憶が上書きされて残る。
運転は、別枠で考えたほうがいい
これだけは真面目に書く。徹夜明けの状態で車を動かすのは、酒が残ってるのと似たような危うさがある。反応が遅れるし、数秒だけ意識が飛ぶことがある。本人は飛んだ自覚がないのがこわい。
俺が会ってた子は、明けにそのまま高速で二時間走って帰省したことがあると言ってた。覚えてない区間があったらしい。聞いた瞬間、ぞわっとした。
迎えに行けるなら迎えに行く。無理なら電車で来てもらって、近場で会う。遠出は非番の日にまわす。ここは優しさの問題じゃなくて、単純な安全の話。
俺が完全にやらかした、あの水族館
良かれと思って詰め込んだ結果
十時集合、そこから水族館、ランチ、夕方に夜景の見えるとこ。完璧なプランだと思ってた。二十五歳の俺、自信満々。
水族館の中盤、イルカのショーの前で彼女が言った。ちょっと座っていい、と。座ったら五分で寝た。肩にこてん、と落ちてきて、俺はそのまま四十分動けなかった。
焦った。怒らせたと思った。愛想尽かされたのかと本気で考えて、心臓がばくばくしてた。今思えば、あほすぎる。
機嫌じゃなくて、回路が落ちてただけ
起きた彼女は普通だった。ごめんね寝ちゃった、と笑ってた。俺の勝手な解釈だけが空回りしてた。
あのとき学んだのは、疲れてる人の無反応を、自分への評価として読まないこと。感情の話じゃないんだよ。電池が切れただけ。
それが分かってなかったから、俺は夜景まで引っ張った。彼女は最後まで付き合ってくれて、帰りの電車でまた寝てた。優しさに甘えた自覚が、後から効いてきてさ。正直言うと、いまだに少し恥ずかしい。
店で聞いた、明けに会いたくない本音
顔が終わってる問題を笑い話にできない
二十七歳、ICU勤務の子が、テーブルでこぼした一言がある。
「明けの顔を好きな人に見せるの、けっこう覚悟いるんですよ」
むくんでるし、目の下は沈んでるし、髪はまとめっぱなしで潰れてる。本人がいちばん分かってる。そこに、早く会いたい、と言われると板挟みになる。
会いたい気持ちはある。でも見せたくない。この二つが同時に立ってて、結果として、ごめん今日はやめとく、が出る。断りの理由として語られる疲れの何割かは、実はこれだったりする。
断ると次がないかもしれない、という計算
もうひとつ厄介なのが、回数の計算。
夜勤と日勤が回る生活で、彼の休みと噛み合う日は月に数えるほど。ここで断ったら次は三週間後。三週間空いたら気持ちが冷めるんじゃないか。そう考えて、限界の体を引きずって出てくる。
これ、優しさから来てるんだけど、消耗が早い。無理して出た回のデートは、たいてい会話が薄い。薄い回が続くと、相手は、なんか最近そっけないな、と受け取る。誤解が誤解を呼ぶやつ。
しゅんとした顔で、私、彼といても楽しそうにできてない気がする、と言った子がいた。楽しくないんじゃなくて、楽しむ体力がないだけなのにね。
成立させるなら、この組み方
二時間で切る
明けに会うなら、短く。朝から夕方まで一緒にいるより、十時から十二時までの二時間で解散したほうが、次が続く。
物足りないくらいで終わる。この物足りなさが、次に会いたいという気持ちを保存してくれる。全部使い切ると、回復に三日かかって、その三日は連絡も薄くなる。
短い分、内容は要らない。カフェで朝ごはん食べて、駅で別れる。それで十分成立する。
仮眠を挟むなら、先に寝る
会ってから寝るより、会う前に寝たほうが断然いい。明けにそのまま三時間寝て、午後から出る。この形がいちばん事故がない。
ただし起きられないリスクはある。だから、起きたら連絡する、という約束にして、時間を固定しない。何時集合を決めた瞬間、寝てる間もどこかで気を張ることになるから。
彼氏側は、その待ち時間を空白にしない工夫がいる。近くで自分の用事を済ませておく。待たせてる、という罪悪感を彼女に持たせないのがコツ。
行き先は、座れて、暗くて、急かされない場所
映画館は相性がいい。暗いし座れるし、寝ても許される。会話のノルマがないのが大きい。
逆に向かないのが、並ぶ店と歩き回る観光。立ってるのが一番きついから。あと、予約して時間が固定されてるところも、体調が読めない日には向かない。
家で会えるなら、それが最強。ただ、家だと寝るだけで終わって、彼氏側に不満がたまることがある。そこは事前に、今日は横になりながら喋る日ね、と名前をつけておく。名前がついてると、相手の中で、手抜きじゃなくて予定として処理される。
彼氏の側が変えられること
疲れてる、は口実じゃないことのほうが多い
俺の店に来る客層の関係で、彼氏から疑われてる話は山ほど聞いた。夜勤って言いながら誰かと会ってるんじゃないか、と。
言いたくなる気持ちは分かる。生活が見えないから。でも、疑いを一度口に出すと、それまでの我慢が全部無意味になる。無理して会いに行った回、化粧を直してから出てきた回、それが全部、疑われるためだったのかという話になる。
聞きたいなら、勤務表を見せてもらうんじゃなくて、勤務表が出たら一緒に予定を組む側に回る。監視と参加は、見た目が似てて中身が真逆。
何もしない時間を、デートとして数える
彼女が寝てる横で自分は本を読む。二時間経って起きてきて、コンビニまで一緒に歩く。それだけの日。
これをデートに数えられる人と、数えられない人がいて、続くのは前者のほう、と書きたいところだけど対比はやめとく。数えられる人は続く。ほんとに。
どこかに行って何かを食べて写真を撮る、という形式にこだわると、夜勤の生活とはどうしても噛み合わない。噛み合わないまま一年やると、お互いに、この人とは無理かもと思い始める。
形式を捨てた人たちが、結果的に長く一緒にいた。俺が見てきた範囲での話だけど、例外が少ない。
明けの朝に、ひとつだけ
水族館で寝られたあの日、別れ際に彼女が言ったことを、たぶん一生覚えてる。
「寝ても怒らない人って、はじめてだった」
俺、めちゃくちゃ怒りそうになってたんだけどね。顔に出さなかっただけ。ぐらりと揺れた自分のちっぽけさを、いまだに笑えない。
夜勤明けに会うというのは、元気な姿を見せ合う日じゃない。ボロボロの時間を分け合う日。そう決めてしまえば、二時間でも十分足りる。朝の光がやたら眩しい駅前で、おはよ、と半分しか出ない声を聞けること自体が、けっこう特別な部類に入る。

コメント