「ごめーん、ちょっとだけ電話出るね」
語尾をたっぷり伸ばして、その子はスマホを耳に当てた。
「はい、お疲れさまです。…はい、その件は、明日の朝いちばんで先方に確認します。失礼いたします」
声が、一オクターブ下がってた。背筋まで、まっすぐ伸びてる。
電話を切って、こっちに向き直った瞬間。
「ごめんねー、待たせちゃった?」
(声帯、二枚あるの?)
隣でヘルプについてた後輩が、グラスを持ったまま固まってた。
ぶりっ子っぽい子は、店で何人も見てきた。ついでに白状すると、店では僕自身が、誰よりぶりっ子だった。ぶりっ子の特徴は、甘い声でも上目遣いでもないってこと。相手によって、スイッチが入る。あの電話の一瞬みたいに。
ぶりっ子の特徴は、相手によって入るスイッチ
ぶりっ子の特徴、と聞いて浮かぶのは、甘い声、上目遣い、語尾を伸ばす話し方。どれも当たってる。でも、それだけなら、ただのかわいい子。ぶりっ子と呼ばれる決め手は、もう少し別のところにある。
甘い声より、声が変わる瞬間のほうが目立つ
人は誰でも、相手によって少しは声を変える。電話に出ると声が高くなる、くらいはよくある話。
ぶりっ子と呼ばれる子は、その幅が極端。しかも、変わるきっかけが、だいたい男。男が来ると一段高くなって、いなくなると一段下がる。
店でも、ぶりっ子っぽい子ほど、黒服やほかのお客さんに話しかけるときの声は低かった。トイレの場所を聞くときの声で、だいたいわかる。
周りの記憶に残るのは、甘い声そのものより、その切り替わる一瞬のほう。冒頭の電話みたいに。
女性に嫌われるのは、かわいさじゃなく切り替え
「男の課長の前でだけ、声が半音上がるの。私たちには、地声なのに」
職場の同僚にモヤモヤしてた子の愚痴。よく聞いてみると、腹が立ってるのは、その同僚がかわいいことじゃなかった。
自分たちの前では見せない顔を、男の前でだけ出す。その差が、あなたたちは対象外、と言われてるように聞こえる。ぶりっ子が女性に嫌われやすい理由は、たぶんここ。
かわいいのは、罪じゃない。相手を選んで出し入れするから、反感を買う。
男のほうは、その切り替えの前と後を、両方見ることがほとんどない。だから同じ子の評価が、男と女で真っ二つに割れる。
あざといとの違いは、計算を隠すかどうか
最近は、あざとい、って言葉もよく聞く。ぶりっ子と似てるけど、店で見てきた感覚だと、ちょっと違う。
あざとい子は、計算してることを半分見せてる。わかってやってますけど何か、って顔。だから、見てる側も笑って乗れる。バレても、笑い話で終わる。
ぶりっ子は、計算を素のふりで包む。本当はわかってるのに、わかんなーい、と、わからない子を演じる。ぶりっ子のぶりは、かわいこぶる、のぶる、から来てるって聞いたことがある。ふりをするのが、そもそもの意味。だから、バレた瞬間に気まずくなる。
ぶりっ子によくある話し方と仕草
よく言われるぶりっ子の特徴を、店で見た実例と一緒に。ひとつ当てはまっただけで、ぶりっ子とは限らない。いくつも重なって、しかも相手によって出たり消えたりするとき、そう呼ばれやすい。
語尾が伸びて、一人称が名前になる
そうなんですかぁ、すごーい。語尾が、とにかく伸びる。
一人称が、自分の名前になるパターンもある。みゆはね、それ知らなかったー、みたいな。
店でも、席に着いた瞬間から一人称が名前になる子がいた。会計のときだけ、急に私に戻るのが、ちょっと面白かった(笑)
LINEでも出る。文末に、小さいぁやぉ。絵文字は、ハートより、目がうるうるしてるやつが多め。
わかんない、こわい、できない、が増える
わかんなーい。こわーい。できなーい。男の前で、急に何もできなくなる。
パソコンの操作、ペットボトルのふた、暗い夜道。昨日まで普通にこなしてたことが、男がいる日だけ難しくなる。
(そのふた、さっき自分で開けてたよね)
できない自分を見せると、男が助けに来てくれる。その流れを、体で覚えてるんだと思う。
目線は下から、手は相手の腕へ
上目遣い。首を少しかしげる。話しながら、相手の腕に軽く触れる。
仕草そのものは、悪くない。ただ、女同士で話してるときには一回も出ない上目遣いが、男が来た瞬間に出てくる。そこで、周りの空気がすっと冷える。
写真を撮るときの、首のかしげ方や、口元に指を添えるポーズも定番。自撮りの角度が、毎回きっちり同じだったりする。
店で、この手の仕草がいちばんうまかったのは、実はホストのほう。この話は、あとでする。
食べる量は小さく、リアクションは大きく
男の前だと、急に食が細くなる。こんなに食べられなーい、とパスタを半分残す。そのくせ、女子会では大盛りをぺろり(笑)
リアクションも大きくなる。えーっ、すごーい、なんで知ってるのー。男の話には、全部びっくりしてあげる。
お酒もそう。店ではボトルを何本も空ける子が、合コンではカシスオレンジ一杯で酔ったふりをするんだって、笑いながら教えてくれた。
ぶりっ子をしてしまう心理
ぶりっ子は、性格が悪いからやってるとは限らない。店で話を聞いてきた限り、根っこにあるのは、もう少し切実なもの。
かわいくしてないと、愛されない気がする
ぶりっ子っぽい子と話してると、よく小さい頃の話が出てきた。かわいくしてると、親や周りの大人が笑ってくれた。お兄ちゃんより、自分が甘えたほうが話が通った。
かわいい自分でいれば、愛してもらえる。その成功体験が、大人になっても抜けない。褒められた記憶が、がんばったね、より、かわいいね、ばかりだった。そう話す子もいた。
素の自分を見せたら、がっかりされるかもしれない。甘い声の奥には、けっこう深めの不安が沈んでることが多い。
自信がない人ほど、かわいいの制服を脱げない
自信がある人は、素のままで勝負できる。自信がない人ほど、うまくいった型にすがる。
語尾を伸ばす。できないふりをする。上目遣い。どれも、昔うまくいった型。それを出しておけば、とりあえず嫌われない気がする。
ぶりっ子は、かわいいの制服みたいなもの。着ていれば、とりあえず浮かない。脱いだ自分に何が残るのか、本人がいちばん怖がってる。
実際に効くから、やめる理由がない
身もふたもない話をすると、ぶりっ子は実際にけっこう効く!男にちやほやされる。助けてもらえる。話しかけてもらえる。
効いてるうちは、やめる理由がない。周りの女性にちょっと嫌われても、男が優しくしてくれるならそっちを取る。そういう計算も、たしかにある。
ただ、型は、場所が変わると急に効かなくなることがある。学生時代のサークルで効いた型が、職場では浮く、みたいに。そのとき、型しか持ってない子は、ちょっと苦しくなる。
男はぶりっ子に気づいてる?
ぶりっ子にモヤモヤしてる側がいちばん知りたいのは、たぶんこれ。男って、あれに本当に騙されてるの?
男は、思ってるより気づいてる
元ホストとして言わせてもらうと、店の男たちは、全員気づいてた。声の高さも、できないふりも、上目遣いの角度も。
普通の男も、思われてるよりは気づいてる。少なくとも、なんかわざとっぽいな、くらいは。
気づくきっかけは、女性と同じで、差を見たとき。ほかの男にも、自分とまったく同じすごーいを言ってた。それがわかった瞬間、男の熱は意外と早く冷める。
男性二百人くらいに聞いたアンケートで、ぶりっ子はうざい派とかわいい派がほぼ半々だった、なんて記事を見たことがある。気づいたうえで、好みが分かれてるってこと。
気づいたうえで、乗っかってることもある
男がぶりっ子に乗っかる理由は、わりと単純。頼られると気分がいいから。すごーい、と言われて、悪い気がする男はまずいない。わかってても、ちょっと嬉しい。
店で、ぶりっ子っぽいお客さんに人気があったのも、正直そこ。ホストの自尊心を、気持ちよくくすぐってくれる。
まぁ、男って、そのくらい単純。ただ、それはおいしいお菓子みたいなもの。食べてる間は楽しいけど、毎日の主食にしたいとは、案外思ってない。
本気で惚れられるのは、型が崩れた瞬間
男が本気になるのは、ぶりっ子の型が崩れた瞬間のほうが多い。
酔っぱらって、地声で大笑いした。疲れて、素の顔のまま愚痴をこぼした。そういう瞬間に、男はグッとくる。この子、こんな顔もするんだって。
型のかわいさは、入口までは連れていってくれる。でも、その先の部屋まで入れるのは、たいてい素顔のほう。
ホストクラブで見た、ぶりっ子たちの本音
ぶりっ子と呼ばれる子たちも、店ではときどき本音をこぼした。だいたい、閉店間際。照明がぱっと明るくなる、少し前。
今日のかわいいは、もう売り切れ
冒頭の、電話で声が変わった子には、続きがある。
その夜の閉店間際、彼女はソファに深くもたれて、地声でぽつりと言った。
「疲れた。今日のかわいいは、もう売り切れ」
ずっと高い声を出し続けるのは、マジで体力を使うらしい。語尾を伸ばすのも、驚いてみせるのも、全部エネルギー。
ぶりっ子は、周りからはずるく見える。でも本人の中では、ずっと残業してるようなもの。
その疲れは、痛いほどわかった。僕も毎晩、営業中の看板を出しっぱなしだったから。
地声で話したら、嫌われると思ってた
「地声で話したら、嫌われると思ってたの。低いし、愛想ないし」
別の常連の子。通い始めて半年たった頃、酔いにまかせて、初めて地声で話してくれた夜の言葉。
(え、普通にいい声じゃん)
低くて落ち着いてて、むしろ聞き心地がいい。そう伝えたら、彼女は少し泣きそうな顔をした。
ぶりっ子の型の奥には、こういう思い込みが隠れてることが多い。素の自分は、愛されない。誰にも確かめないまま、その前提で何年も過ごしてる。
その子は次の週から、店では地声で話すようになった。不思議なことに、ほかの卓のホストからも、前より話しかけられるようになったらしい。
声が高いだけで、ぶりっ子って言われるの
反対に、ぶりっ子なんてしてないのに、そう言われ続けてた子もいた。
「声が高いだけで、ぶりっ子って言われるの。生まれつきなのに」
アニメのキャラみたいな声の、歯科衛生士の子。その子は、女友達の前でも、黒服の前でも、タクシーの運転手さんの前でも、同じ高さで話してた。
誰の前でも同じなら、それはぶりっ子じゃない。ただの、その子の声。
ぶりっ子って言葉は、ときどき、こういう子まで巻き込んで傷つける。言う前に一回、その子が誰の前でも同じかどうか、見てあげてほしい。
店では、僕が誰よりぶりっ子だった
上目遣いを、鏡の前で練習した
声は、地声より一段高く、柔らかく。お客さんの話には、全部、えー、すごいじゃん。お酒は強いのに、ちょっと酔っちゃったかも、と頬をさする。
上目遣いだって、トイレの鏡の前で練習した。身長百八十近い男が、しゃがんで角度を調整してる姿は、我ながらかなり怖い。先輩には、お前の上目遣いは借金の取り立ての目だ、と言われた。
女の子のぶりっ子を見て、素直に笑えない理由はそこ。やってることは、ほぼ同じだったから。
地声で笑った夜に、指名が入った
ある夜、初回の卓で、ヘルプの後輩がグラスをひっくり返した。お客さんの服は無事だったけど、後輩の顔は真っ青。
その慌てっぷりがおかしくて、僕は営業用の声を忘れて、地声で大笑いしてた。
(やば、素が出た)
まさか、その翌週、あの卓のお客さんから本指名が入るとは!理由を聞いたら、あの笑い方、初めて人間っぽかった、と。
型で作ったかわいさは、相手を退屈させない。でも、相手の心をつかむのは、たいてい型が外れた一瞬のほう。
ぶりっ子との付き合い方と、ぶりっ子と言われないために
最後に、ぶりっ子にモヤモヤしてる人と、ぶりっ子だと思われたくない人。それぞれに、店で覚えたことを。
周りのぶりっ子には、張り合わずに距離を取る
職場や友達のぶりっ子に、いちいち腹を立ててたら、こっちが先にすり減る。
張り合って、自分まで声を高くする必要はない。陰口で盛り上がる必要もない。仕事は仕事として、淡々と。あの子にはあの子の事情がある、くらいに思っておく。
女同士の場で、そのネイルかわいいね、と普通に褒めてみるのも手。張り合われないとわかると、肩の力が抜けて、型がゆるむ子もいる。
それでも実害があるなら、話は別。面倒な仕事を男の同僚に押しつけてる。手柄を持っていかれる。そういうときは、感情じゃなく事実で、上司に伝える。ぶりっ子かどうかは、そこでは関係ない。
言われたくないなら、誰の前でも同じ温度で
自分がぶりっ子だと思われてないか、気になってる人へ。
声の高さや話し方を、無理に変える必要はない。気をつけたいのは、温度差だけ。男の前と女の前、上司の前と後輩の前、好きな人の前と店員さんの前。そこで温度が大きく変わらなければ、ぶりっ子とは呼ばれにくい。
自分で確かめるなら、男がいない場で、同じ話し方ができるかどうか。できるなら、それは素。できないなら、少しだけ型が混ざってる。
かわいく振る舞うのは、悪いことじゃない。誰の前でも同じくらいかわいいなら、それはもう、その人の魅力。
かわいいは、出し入れしないほうが強い
店で何年も、作ったかわいさと素のかわいさを、隣同士で見てきた。長く愛されてたのは、いつも素のほう。
作ったかわいさは、出し入れするたびに、どこかで誰かに見られてる。素のかわいさは、出しっぱなしだから、切り替わる瞬間がない。

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